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クロアチアでの戦争を理解する

「クロアチアに旅行に行く」と言うと、「えっ、大丈夫?」と聞かれることが多いという話をよく聞きます。1991年から95年にかけて繰り広げられた戦争が、私たちの記憶に深く刻み込まれていることがわかります。

 

現在のクロアチアは、とても治安が良く、戦争の傷跡はほとんど見られません。社会主義から資本主義に転換してた東ヨーロッパの国々には、治安が悪くなっているところが多いのですが、クロアチアについては「日本以上に安全だ」と言っても過言ではありません

 

ですから、これからクロアチア旅行に行こうとしておられる方々は、安心してお出かけ下さい

私たち日本人は、しばしば「ユーゴの内戦」という表現を使います。クロアチアの人たちに「内戦Civil War」という言い方をすると、とてもイヤな顔をされます。それは、クロアチア人にとって、あの戦争は、独立のための戦争であって内戦ではなかったという意識があるからです。

 

クロアチアの人たちの理解は、「ユーゴスラビア社会主義共和国連邦から平和的に独立しようとしたのに、セルビア人勢力がそれを阻止しようとした結果、戦争になった」というものです。

 

当時のユーゴ連邦軍の指揮官たちは約75%がセルビア人でした。1991年6月にクロアチアが独立を宣言したとき、クロアチア国内に展開していたユーゴ連邦軍が、セルビア共和国の指導者たちの指令を受けて独立を阻止しようとしたと、クロアチア国内では言われています。

 

戦争において正しい情報をつかむのは至難の業です。それぞれの側が、それぞれの立場で正当性を主張するからです。戦争において客観的な報道はあり得ません。どちらの情報ソースを使うかによって、報道の内容が決まるからです。

 

1991年当時、日本の報道機関でユーゴスラビアに特派員を置いていたのは朝日新聞だけでした。首都ベオグラードに駐在していたので、特派員が送ってくる記事は、セルビア共和国側に寄ったものでした。クロアチア側の報道を追いかけていた私にとって、「なぜこのような記事を送ってくるのだろう?」というのが素朴な疑問でした。

 

その後、クロアチア側の情報も入ってくるようになり、ある程度のバランスは取れるようになりましたが、依然として、何が正しいのかよくわからないという状況が続きました。それが、私たち日本人に「旧ユーゴの戦争はよくわからない」という印象を残しました。

 

戦争がなぜ起こったのかについては、また別の機会に説明したいと思いますが、ここでは、「1991年から95年にかけて起こった戦争は、クロアチアの人たちにとって、内戦ではなく独立のための戦いだった」ことをご理解いただきたいと思います。クロアチアに行かれて戦争の話になったとき、この点には十分留意して下さいね

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