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労働法の改正は規制強化か適正なルールの再構築か?(中)

2.現行の労働法制の問題点―規制緩和は是か非か?
自公政権下で強化された規制緩和

 1990年代終わりの橋本内閣の頃から始まった規制緩和の流れは、2001年4月に発足した小泉内閣とその後の自公連立政権下で本格化した。労働法の分 野も例外ではなかった。1986年に制定された労働者派遣法は、労働者派遣に多くの制限を課していたが、1999年に業種が拡大され、2004年の改正で は製造業への派遣が認められるなど、規制緩和がさらに進んだ。2004年の改正でいわゆる日雇い派遣が可能になり、その後の社会問題を引き起こす温床と なった。


 労働法制を考える上で、規制緩和をどうとらえるかはとても重要な論点である。法律は、社会で活動する限り守らなければならない基本的なルールであり、そ の決め方は国によって異なる。日本の労働法は、わが国の歴史的な経緯の中で厳しくなったり緩められたりしてきた。

 規制は自由な企業活動を阻害し、市場競争をゆがめるのでできるだけ少ない方がいいという考え方がある。他方、企業や個人は自分の都合だけを優先させて行 動する傾向が強いから、全体の最適化を達成するには一定の規制が必要だという意見もある。筆者は、どちらかと言うと後者の考え方に近い。それは、現代の日 本社会では、競争に参加するプレーヤーの質が落ちてしまっているからである。

 競争の結果得られる果実は、プレーヤーの質に依存している。プレーヤーの質が高ければ、競争は良い結果をもたらすが、質が低ければ結果も適当なもので終 わってしまう。例えば、多くの人が野球をするが、プロ選手の野球と小学生の野球では、同じ野球でもその質はまったく異なる。市場競争もこれに似ている。
忘れ去られたアダム・スミスの『道徳感情論』

 市場で競争すれば最適な状態が達成されるとアダム・スミスは『国富論』(1776年)の中で述べている。規制緩和論者たちは、これを根拠として、規制は 少ない方がいいと主張する。スミスが『国富論』で市場競争の効果を説いたのは事実だが、スミスは、ただ野放図に競争すればいいとは言っていない。彼は、競 争が良い結果をもたらすには大事な前提があることを『国富論』の17年前に書いた『道徳感情論』(1759年)の中で述べている。すなわち、私たちが社会 の中で活動するとき、自分の行動を常に第三者の目でチェックし、他の人から共感してもらえるか否かを考えなければならないと言うのである。

 抜け駆けをしたり、不正な行動をとったりすれば社会の中で活動を継続することができなくなり、結局は自分にとってマイナスになる。だから、自律的な行動 をしなければならないとスミスは主張した。別の言い方をすれば、自分さえ良ければいいという行動をとっている個人が競争をしても、最適な状態はやってこな いことになる。

 現在の日本社会を見ると、スミスが競争の前提として大事にしていたことが軽視されていると言わざるをえない。日本社会には、もともと、自分勝手な行動を 戒める考え方が広く受け入れられていた。それは、三井家や住友家、あるいは近江商人といった商家の家訓の中に見ることができる。しかし、第二次大戦後の教 育の中で利他的な考え方は強調されなくなり、特にバブル景気以降、カネを儲けた者が偉いという風潮が蔓延した。これに拍車をかけたのが、2000年前後か らの規制緩和であった。

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