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時間は有限な資源。この1分をどう使うかが将来を決める 

予算制約と時間制約clock

 私たちは、予算制約と時間制約の中で、日々、いろいろなことを決めています。一部の大金持ちを除けば、使えるお金には限りがあります。欲しいものをすべて一気に買うことはできませんから、あるものをあきらめたり、優先順位を決めて購入したりします。

 時間にも制約があります。一度に別々のことをするのは、限られた事象を除いて不可能です。ラジオを聞きながら掃除をするとか、電車で移動しながら本を読むことはできますが、会社の会議に出ることと得意先の訪問は両立しません。ネットで情報検索しながら本を読むことも難しいですね。

 

平等に与えられた資源moneybag

 時間は、万人に平等に与えられた資源です。それをどう使うかは、各人に任されています。何か予定されていたことが急に中止になって、時間ができることがあります。その時間を使って、本を読むのか、ネットで何かを調べるのか、あるいは溜まっている書類を整理するのか、自分で決められます。

 時間は、一度使ってしまうと元に戻せないという特徴を持っています。昨日にさかのぼって別のことをするわけにはいきません。この点がお金とは大きく異なります。お金は、一度失っても、頑張って稼げば取り戻すことができるからです。

 時間は、ふんだんにある資源のように見えます。特に、若者にとっては、時間は有り余るほどあるという感覚でしょう。私もそう思っていました。しかし、50歳代の半ばになり、第一線で元気に飛び回れるのはあと何年だろうかと考えると、時間制約の重みを強く感じます。

多様な時間の使い方sandclock

 時間の使い方について、現代社会は多様な選択肢を用意しています。私が大学生だった頃は、便利な情報機器がありませんでしたから、本を読む、映画館で映画を観る、友人と話す、何となくボーッとしている、寝るといったことが大学生のちょっとした時間の使い方でした。現在は、これらに、フェイスブック、ツイッター、ネット動画など、ネット関連の時間の使い方が加わっています。

 ネットの世界には、多種多様な情報があって、それを見ているとあっという間に時間が経っていきます。1時間ネットサーフィンすると、大量の情報に接することができます。でも、そこから得られるものはさほど多くありません。後になって思い出そうとしても何も浮かんでこないというのが正直なところですね。

 もし、1時間本を読んだとしたら、自分の中に残るものが必ずあります。読書はイメージを描くトレーニングです。私たちは、文字を読みながら具体的な情景を頭の中に描こうとします。これがコミュニケーション能力の向上に役立つのです。

 ちょっとした時間ができたとき、ネットの世界に入るのではなく本の世界に入ることが、有効な時間の使い方だと思います。こういう時代だからこそ、有限な資源である時間の使い方について、しっかり考える必要があると思います。

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