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131 考えて発信し、再び考える

明治維新を支えた薩摩藩の教育

 

 私たちは、歴史に学ぶことができます。先人たちが試みて成功したこと、失敗したことを冷静に評価すると、私たちが直面する問題の解決策を考える手がかりになります。

 

 磯田道史氏の『歴史の読み解き方―江戸期日本の危機管理に学ぶ』(朝日新書)には、明治維新を支えた薩摩藩士がどのような教育を受けていたかが書かれています。郷中(ごじゅう)教育と呼ばれたものです。

 

 一般に、日本は江戸時代から識字率が高かったと言われていますが、それは全国一律に高かったわけではなく、地域差が相当大きかったようです。比較的高かったのが会津藩でした。会津藩には朱子学の伝統があり、教科書がきっちりと出来上がっていて、藩士たちはそれを一生懸命覚えていました。会津では、女性の識字率も高かったそうです。

 

 それに対して、薩摩藩では、教科書はとても薄く、議論することに時間を費やしていたと言います。誰かがある問題を提起すると、それに対して意見が出ます。その意見に対して、さらに別の人が意見を言うという形で、延々と議論を続けるというのが薩摩藩の教育方法だったそうです。明治維新という誰も経験したことのない時代の激変を推し進めたのは、教科書をしっかり覚えていた会津藩士ではなく、薩摩藩の人たちでした。

 

 

大学教育が果たしてきた役割を強化する

 

 人口減少、高齢化、グローバル化など、学生たちは不確実性が高まっている中で生きていかなければいけません。今回のプロジェクトは、45年間続く職業生活の基礎体力をつけるのが大学教育であるという方針で進めてきました。基礎体力の重要な要素の一つが「考えて発信する」ことです。

 

 情報技術の発達によって、インターネットを使って調べれば様々な情報が瞬時に手に入るようになりました。しかし、インターネット上を漂っている情報は玉石混淆です。玉はほんの一握りで、石ばかりと言っても過言ではありません。そういう中から玉(正しい情報)を選び出すには、選ぶ側の能力が問われます。選ぶ能力を高めるには、常に考えていることが必要です。いつも考えているからこそ、情報の真偽を判定する力が高まるのです。大学教育は、これまでも「考える」という行為を大切にしてきましたし、これからもその役割を果たしていかなければなりません。

 

 発信する訓練も大学教育が昔から担ってきました。考えているだけでは発展がありません。考えていることを発表し、それに対して意見をもらい、さらに次を考えることが重要です。これも大学が得意としてきたことです。

 

 不確実性にあふれている時代だからこそ、考え抜いて発信し、さらに考える能力が求められています。これからも、大学教育が本来持ってきた機能を大切にして、さらにその先を目指していきたいと思います。

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