自分の中には自分の知らない自分がいる

自分の可能性を信じること


 私は、「自分の中には自分の知らない自分がいる」という言葉が好きだ。自分の可能性を信じて、前向きに生きているという感じがする。この言葉を初めて聞 いたのは、2003年1月だった。ニュービジネス協議会新春講演会に野村克也氏が招かれた。そう、楽天の監督をしておられる野村さんである。当時は、社会 人野球シダックスの監督だった。ニュービジネス協議会の会長がシダックスの志太さんだったので、その関係で来られたのである。ニュービジネス協議会という のは、ベンチャービジネスの経営者の集まりである。新たに企業を興した人たちが情報交換のために設立した団体である。私は、たまたまあるメンバーを知って おり、講演会を聴く機会を得た。

 野村さんのしゃべり方は、みなさんがテレビで観ておられるようなものと同じだった。でも、テレビでは話せないような裏話をたくさん披露しておられ た。ナマの講演会に足を運ぶ醍醐味がここにある。「ここだけの話」が聴けるのだ。さまざまなプロ野球選手の実態がエピソードを交えて語られた。


 この講演の中で出てきたのが、「自分の中には自分の知らない自分がいる」という表現である。これまでたくさんのプロ野球選手を見てきた。天性の才能に恵 まれている者、才能はまあまあだが努力で昇ってきた者、才能も適当で努力も適当だったためにプロ野球界から消えていった者など、たくさん見てきた。これま での経験から、のし上がってくる選手に共通している点が一つだけある。それは、あきらめずに努力することである。人間は、自分のことがわかっているようで わかっていないものだ。いくら練習しても伸びないとき、「ああ、自分はこんなものか」と思ってしまう。そう思ったら伸びが止まる。自分の中には自分の知ら ない自分がまだまだ隠れている。それをみつけるんだ!という気概を持って練習に取り組む選手がやがて大成する。


 とてもいい話だと思った。プロ野球選手に限らず、どのような世界でも共通する言葉だと感じた。こんな方はいないだろうか。「会社勤めを始めて20、30 年が経過した。ある程度の仕事ができるようになり、それなりの地位も得てきた。これ以上頑張ってみたところで、どこまで行けるかはわからない。まあこの辺 で限界かな。」特に50歳を過ぎると、そういう思いにとらわれることがしばしばある。でも、そう思ったら、そこで成長は止まってしまう。自分の中にある自 分をみつけきれないままにフタをしてしまうことになるのである。あまりにももったいない話ではないだろうか。


50歳という節目を迎えて思うこと


 私は、今年11月に50歳になる。年齢は気にしない方だが、半世紀という節目であり、いろいろなことを考える。孔子は「五十にして天命を知る」とした。 天命がわかったら、それで終わりではない。天命を全うすべく努力することを孔子は求めた。また、平均余命を考えたとき、残りの人生は約30年である。公的 年金の制度改革によって65歳までは稼ぎ続けることが求められているため、65歳までは仕事中心の期間になる。65歳から80歳までは、仕事を続ける人も いるだろうし、社会活動に参加する人もいるだろう。あるいは、趣味の世界に生きる人もおられるだろう。人それぞれ、多様性が広がる期間である。残りの人生 を見すえたとき、50歳という年齢は、残りの30年をどう生きるかを考えるちょうどいい時期だと思う。


 この節目の年に、ある会社から「50歳全員のキャリア研修をしてほしい」という依頼が来た。その会社は、約30年前の事業拡張に対応するために、大量の 新卒者を採用した。その人たちが50歳になり、定年まであと10年になった。彼らが、残りの職業生活を「余生」だと考えてもらっては会社が成り立たない。 彼らにはこれからも第一線で頑張ってほしい。そのための意識づけをお願いしたいという依頼だった。もし引き受ければ、年間30回近い研修を実施しなければ ならない。一日がかりの研修なので、決して楽な仕事ではない。また、工場が北海道から九州まであるので、日本国中をめぐることになる。躊躇があった。しか し、自分と同じ年齢の人たちがどのような生き様をしてきたのかを知りたいという思いもあり、数日考えた後に、この仕事を受けることにした。


 この研修でタイトルに使っているのが「自分の中には自分の知らない自分がいる」である。すでに17回の研修を行い、250人以上の人たちに会ってきた。 製造現場で三交代をずっとやってきた人から、研究所長をしている人まで、実にさまざまな人間模様を見てきた。中には、最近奥様を亡くされて、「仕事の将来 なんて考えられません。二人の子供を一人前に育て上げることだけが目標です」という方もいた。この方の前では、かける言葉をなくしていた。まさに人生いろ いろである。


 多種多様の職業人生を送っている人たちの中で、輝いている人にたくさん巡り会うことができた。彼らに共通しているのは、仕事上の目標をはっきりと持っ て、その実現に向かって毎日努力している点である。言い方を変えれば、自分の知らない自分を探し続けている人たちである。
 この研修では、みんなの前で発表してもらう機会を2回設けている。一回目は、自分の仕事内容と保有能力を述べる場面である。事前課題として、会社に入っ てから今日までの経験を棚卸しすることをお願いしており、4人ずつのグループに分かれて、自分の経験をグループの人たちに話をする。これが頭の整理になっ ている。もう一つの機会は、これから自分は何に取り組むかを話すことである。私は、この発表を決意表明と呼んでいる。250人の中には、「50歳から60 歳までの10年間は適当にゆっくりやっていけばいいと思っていたけれど、この研修を受けて、まだまだ頑張ろうという気になりました」と言われた方もいる。 研修担当者として、やっていて良かったと思える瞬間である。


 何事もあきらめたらそこで終わりだ。もちろん、人生の局面にはあきらめが肝心な場合もある。でも、能力開発に関しては、あきらめは最大の敗北である。どうすれば自分の知らない自分に会えるのかをこれから数回にわたって考えていきたい。


(N社ホームページ向けエッセー第1回)

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール