自分をの能力を知ること

自分を知るのは難しい


 自分のことは案外わからないものです。他人の評価をとても的確にする人が、自分のこととなると、ちょっと首をかしげるようなことをおっしゃる方が少なく ありません。昔から「人の振り見て我が振り直せ」と言われますが、自分を知ることは難しいですね。


 人は自分自身を二割くらい過大評価していると言われます。実態よりも自分のことをよく思っている方がほとんどですが、中には過小評価している方もいらっしゃいます。特に、自分の職業能力について、この傾向が強いと思います。


 能力開発に関して講演をする際、必ず、次のような質問をすることにしています。


「自分が持っている能力は、他社に移るとどれくらい通用すると思いますか?これまで担当してこられた仕事とほぼ同じ仕事をすると仮定してお考えください。」


選択肢として用意するのは、①ほぼ100%通用する、②4分の3くらいは通用する、③半分くらいは通用する、④4分の1くらい通用する、⑤ほとんど通用し ない、という5つです。最も多く手が上がるのは「③半分くらい」です。ときどき①を選ばれる方もおられますが、例外的です。傾向的には、「あまり通用しな い」と考える方が多いです。


日本の職業人の問題点


 日本の大企業に勤めている人たちの最大の問題点は、社会の中での自分の位置を知らないことだと思います。他社で自分と同じような仕事をしている人が、何 を大切にし、何に悩みながら毎日を送っているのか、どんな課題に取り組んでいるのかといったことはほとんど知りません。営業担当であれば、得意先で他社の 人に会う機会もあるでしょうが、そうして会える人の数には限りがあります。人事異動で3~5年ごとに働く場所が変わったとしても、同じ会社の中ですから、 ほぼ同じ価値観を持った人たちと日々を過ごすことになります。学校卒業と同時に入った会社で10年以上働くと、その会社の仕事の進め方やルールがすべてだ と思うようになります。ましてや、20年、30年と勤めると、無意識のうちにその会社の思考パターンにはまってしまいます。


 転職を経験した方に伺うと明白ですが、他の会社に移った場合でも、同じ種類の仕事をする限り、それまでの仕事経験は少なくとも8割、場合によっては100%近く生かすことができます。「他社では生かせない」というのは思い込みに過ぎません。


 たとえば、ある会社の営業部門で20年働いた場合、営業に関する知識やノウハウは相当蓄積されています。顧客とのアポイントメントの取り方、プレゼン テーションの仕方、商談後のフォローの仕方など、顧客との接し方に関する知識・経験は豊富です。他社に移ると、これまでの商品知識が役に立たなくなった り、顧客情報が使えなくなったりするので、その部分は損失です。しかし、同じ会社に勤め続けたとしても、担当する商品や顧客が変わることはしばしばありま す。顧客との信頼関係を築いていく方法さえ身につけていれば、商品知識の不足は短期間で補うことが可能です。


 決して転職を薦めているのではありません。現在の自分の能力を知ることによって、次に何に取り組むべきかが見えてきます。それを毎年の目標設定に活かし ていけば、能力向上につながるはずです。まずは足りないところを認識しないと、次の課題は明確になりません。


能力の三層構造


 私は、図にあるように、職業能力は三層構造をしていると考えています。一番上に載っているのが、職種ごとに必要とされる知識や経験です。経理担当であれ ば経理の知識、人事部で社会保険関係の事務を担当していれば社会保険に関連する知識などがそれに当たります。
職種ごとの必要能力を支えているのが「職業人としての基礎力」です。仕事は一人でできるものではありません。必ず、他の部署や他の企業との連携・協力が必 要となります。連携・協力を円滑に行うには、コミュニケーションが的確に取れなければなりませんし、プレゼンテーション能力も必要です。どんな仕事に就い た場合でも必要とされる能力という意味で、「基礎力」と名付けました。


 この図の中で最も大切な能力は「人間力」です。約束は必ず守る、頼まれた仕事はやり遂げる、難しい状況に直面しても逃げずに立ち向かうといったことが、 人間力の内容です。この能力は、長期にわたって形成されるもので、子供の時の家庭教育が出発点です。しかし、成人してからも、困難な課題を達成したり、す ばらしい上司・先輩に巡り会ったりすることで高まっていきます。その意味では、一生をかけて完成させていくのが人間力だと言えます。

図 職業能力の三層構造

 能力開発というと、通常、上の2つの能力が注目されますが、実はそれらの能力を支える役割を果たす「人間力」はそれら以上に大切です。土台がしっ かりしていないと、その上に安定してものを積み上げていくことはできません。仲間から信頼され、仕事を任せてもらえる人材であれば、自ずと上の2つの能力 は伸びていきます。何事も基礎が重要です。
自分の能力を知るには…


 では、どうすれば自分の能力を知ることができるでしょうか。まず、これまでの経験を書き出してみることです。働き始めてからこれまで、どのような仕事を してきたのか、どんな上司や先輩に教えてもらったのか、つらかったこと、うれしかったこと、何でもかまいません。時間の前後はあまり気にせず、思い出すま まに書いていきましょう。ワープロソフトを使えば、加筆訂正は自由自在ですから、前後が間違っていればあとから修正できますね。


 自分の職業経歴がまとまってきたら、自分自身で保有能力を分析してみましょう。少しくらい過大評価でもかまいません。短期間でも経験したことがある仕事であれば、それに関連した業務が「できる」と考えましょう。


 ただ、自分の分析だけだと独りよがりになる危険があります。できるだけ、他の人に話しをして、その人の意見を聞いてみましょう。話し相手として望ましい のは、キャリアカウンセラーのトレーニングを受けた人です。キャリアカウンセラーになろうという人は、人の話を聴くときにはどうすればいいのか、適切な質 問をしてその人の内部に隠れている考えを引き出すにはどうすればいいか、といった点について勉強しています。人間として合うとか合わないがあるので誰でも いいというわけにはいきませんが、まずは社内外のキャリアカウンセラーが有力な候補になります。「近くにそういう人がいない」という方は、自分が信頼して いる人で結構です。
おもしろいもので、声に出して話をすると、それまで混沌としていた頭の中がだんだんまとまってきます。人に話すのは、まさにこの効果をねらっているからで す。人に話しながら、結局は自分で自分の能力に気づいている自分を発見できればしめたものです。是非試してみてください。
(N社ホームページ向けエッセー第2回)

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール