能力を高める方法

当面の雇用不安は去ったけれど…


 最近、急激な人手不足になっています。学生の就職は大幅に改善されましたし、有効求人倍率も1を大きく超えています。2006年秋以降の人材不足は、す でにバブル期を上回ったと言えます。しかし、「景気回復」という言葉は、私たちには遠い存在です。賃金がほとんど上がっていない状況では、好景気を実感で きないのも無理はありません。


 数年前、私たちは雇用不安の中にありました。いま担当している仕事がなくなって、企業から放り出される危険性をとても身近に感じていました。企業業績が 回復しているので、すぐに失業することは考えにくいですが、いつまでもいまの好況が続くはずはありません。景気は循環するものであり、不況になれば、再び 雇用面の不安が高まることは避けられません。


 いまの会社の調子が悪くなったとしても、他社に移って十分通用する能力を備えていれば、さほどこわくはありません。一般に景気が悪くなったとしても、業 績を伸ばしている企業は必ずあります。高い能力を身につけていれば、どんな状況になったとしても対処できるはずです。


 他社に移っても通用する能力のことをエンプロイアビリティとか、社会的に通用する能力と言います。では、このような能力はどうしたら身につくのでしょうか。中途採用の面接で何を聞かれるかが手がかりになります。


中途採用の面接で聞かれること


 中途採用の募集に応募してきた人に面接するとき、企業の人事担当者は次のような質問をします。①これまでにどのような会社で働いてきたか、②それぞれの 会社で具体的にどのような仕事をしてきたか、③最近携わったプロジェクトでどのような役割を果たしていたか、④そのプロジェクトはどういう点で成功し、ど ういう点では成功しなかったか、⑤そのプロジェクトを担当することによって、自分自身の職業能力形成にどのような効果があったか。面接時間のほとんどは、 これまで経験してきた仕事に関する質問に向けられます。


 担当したプロジェクトのことを質問するのは、具体的な事例の中でしか能力水準を知ることができないからです。このときに話すことを持たない人は不幸です ね。いま担当している仕事に全力投球せずに、資格取得のための勉強に走っていると、本末転倒になってしまいかねません。企業は、面接を通して応募者の能力 を判定しようとしています。同じ分野であれば、初めて会った人でも、どの程度仕事ができるのかを知るのはさほど難しくありません。話が具体的であればある ほど、仕事の能力はわかってくるものです。


現在の仕事の価値を高める


 中途採用の面接時に聞かれることを見ていると、社会的に通用する能力を高める上で最も大切なのは、自分がいま取り組んでいる仕事の価値を上げていく点につきることがわかります。いい仕事をすれば、社会的に通用する能力は自ずと高まるのです。
個々の仕事は、企業特殊的な側面を多く持っています。取り扱う製品や企業組織の構成人員、顧客などは、会社ごとに異なっており、社内の根回しとか得意先回 りは、その企業に特殊なことで、他企業に移るとまったくと言っていいほど役に立たないと考えられています。


 しかし、企業ごとに異なるように見える仕事でも、よく観察すると、多くの共通性を含んでいることに気づきます。例えば、何かの案件を決定する場合を考え てみましょう。意思決定の方式は、企業によって違います。通常のルートで案件を上げていけばいい組織もあれば、キーマンを通さないと決められない組織もあ ります。後者の方式で経験を積んだ人が他社に移ると、確かに、それまでの会社で培った人脈は無駄になります。ただ、組織運営や根回しのノウハウは、他社に 移っても十分活用可能です。新しい会社に移った当初は、キーマンが誰だかわからないために、とまどうでしょうが、組織内の動きに対する感性が磨かれている ので、数カ月間観察していると、誰に話を通せばいいかがわかってくるものです。


 個別の企業でしか通用しない企業特殊的な仕事に取り組んでも、社会的に通用する能力の形成には役立たないと思われがちですが、実態はまったく逆です。企業特殊的な仕事をやり遂げることこそが、能力の社会的通用性を高める近道なのです。


結果として雇用が守られる


 では、どうすれば仕事の価値を高めることができるのでしょうか。まずは、自分が担当している仕事を全体の流れの中で位置づけられるようになることです。 全体の中で自分が果たすべき役割を理解できれば、仕事に適切な工夫をこらすことが可能になります。言われたことをそのままするのではなく、そこに自分なり の工夫を込めることで、仕事の価値は上がります。
  従業員の大半がそのような働き方をすれば、会社の生産性は向上し、同業他社との競争において優位に立てるために、結果として雇用の場は守られます。外に出 ても通用する能力を身につけることを意識すると、かえって今の会社での雇用が確かなものになるのです。まさに、「押してもダメなら引いてみな」ですね。
(N社ホームページ向けエッセー第3回)

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール