能力開発5つのポイント(下)―生涯現役であるための秘訣―

 前回は、生涯現役であるための秘訣5項目のうち、2つの項目についてお話ししました。5項目とは次のものです。


 (1)若いときに自分を成長させてくれるような仕事にめぐりあったこと、
 (2) 早い時期に、仕事上の目標となる先輩や上司をみつけたこと、
 (3) ある程度実務を経験した後、仕事全体が見渡せるようなポジションに異動になったこと、
 (4) 新しい仕事を任されたときに、関連の資料を読みあさるなど寝食を忘れて勉強したこと、
 (5) 仕事を進めていく上で、常に中長期の目標を持っていること、


今回は、(3)、(4)、(5)について述べてみたいと思います。

 

 ポイント3:ある程度実務を経験した後、仕事全体が見渡せるようなポジションに異動になったこと、


 鉄道会社Z社に勤務するP氏は55歳、勤続34年で、Q駅の副駅長を務めています。P氏は、駅の出改札から始めて、車掌を2年間務めた後、運転手とな り、14年間電車の運転に携わりました。その間、若手運転手の横に同乗して指導する「共同運転手」を務めたり、幹事駅の構内運転手として働いたりしたそう です。

 P氏に転機が訪れたのは、入社後18年目に名古屋支配人室勤務になったことでした。支配人室とは、電車の運行全般をコント ロールする組織であり、鉄道事業の円滑な運営に全責任を持っている部署です。名古屋支配人室は、Z社の中枢組織であり、5つの幹事駅を統括しています。P 氏は、そこで、収入と支出の予算管理という仕事を与えられました。

 P氏は、電車の運転に誇りを持っており、日々の仕事の中にやりがいを見いだしていたのですが、支配人室に異動になったこと で、運転という仕事に対する見方が大きく変わったといいます。それまで14年間務めてきた「電車の運転」が、会社全体の中でどのような位置にあるのかが見 えてきたのです。

 電車を安全に時刻表通りに走らせ、顧客を輸送するには、実に多くの人がかかわっています。そのことは、おぼろげながらわかっ ていたつもりでしたが、実際に支配人室で働いてみると、自分の知らないことがたくさん行われていることに気がつきました。電車の運転席から見ていた世界 は、ほんの一部でしかなかったのです。

 会社全体の中で自分がどのような仕事を担当しているのかがわかってくると、仕事の進め方に変化が現れるようになりました。目の前の問題を追うだけの方法から、問題の向こうに隠れている状態を予測しながら、今の仕事を考えるようになったのです。

 4年間の支配人室勤務の後、P氏は、本社の営業部に異動になり、駅務機器の近代化(自動券売機や自動改札機の導入)を6年間 担当しました。そのときも、全体の中での位置づけを常に意識しながら、仕事を進めていくことができました。P氏は、自らの仕事を客観化し、全体との位置関 係を確かめながら仕事をすることを支配人室時代に学んだのです。

〈いまの仕事の価値を高める〉

 社会的に通用する能力を高めるには、いまの仕事の価値を高めるのが最も有効であることは第3回目に述べました。P氏は、まさ にそれを実践していると言えます。何年かの実務経験を経て、全体を見渡せるようなポジションにつくことは、いまの仕事の価値を高める働き方を習得すること につながるからです。

 現実には、そのような機会に恵まれない人もいます。全体を見渡せるようなポジションにつきたいと思っても、配属を決めるのは 会社であり、個人の自由にならないからです。では、どうすればいいのでしょうか。自分が担当している仕事と全体との関係を意識しながら仕事をすることで す。例えば、自分の仕事の位置づけについて上司から説明がないとき、こちらから上司に働きかけて説明してもらうようにすることが考えられます。

 多くの企業で取られている目標管理の仕組みは、まさに、全体の中で自分の仕事がどういう意味を持っているのかを知る絶好の機 会です。上司との対話を通して、会社が向かっている方向と課の役割を理解し、自分自身の仕事の位置づけを確認することができるはずです。そのような仕事の 進め方を身につけておけば、職業人としての価値は高まり、中高年になっても第一線で働き続けることができると思います。

 

 ポイント4:新しい仕事を任されたときに、関連の資料を読みあさるなど寝食を忘れて勉強したこと
 会社内の異動で、突然、まったく経験したことのない仕事に回されることがあります。前任者との引継はありますが、1~2日しかかけてもらえません。新し く担当した仕事でも、次の日から一定水準以上の質を要求されます。できないからといって、言い訳は許されないのが仕事の世界です。第一線で活躍している中 高年に共通しているのは、そのような異動を経験した際、一日の仕事が終わってから関連資料を読みあさって勉強し、一刻も早く仕事の水準を上げようとしてい たことでした。

 電力会社Y社に勤めるN氏は、勤続38年のベテランであり、現在は研修センターで後進の指導にあたっています。N氏は、22 年間の発電所勤務の後、本店に異動しました。電気を作る職場と電気を作る体制を整える職場は、仕事内容がまったく異なります。N氏は、配属後1年くらいに わたって土日に出勤し、前任者が作った資料を丹念に読んでいったそうです。

 本店でのN氏の仕事は、運転業務の合理化案を作ることでした。22年の運転経験があるので、どこをどうすれば要員を減らせる かはすぐにわかりました。しかし、経験だけに基づいた案では説得力がありません。コスト計算を行い、要員の配置や設備の改善を考慮に入れて、数字で裏付け ていく必要がありました。N氏は、寝食を忘れて勉強した結果、課題を達成することができたそうです。

 新しい仕事に配属されたとき、N氏のように努力を惜しまず勉強するか否かで、その後の職業能力形成に大きな差が出ます。新し い仕事に配属されることは、一つのチャンスです。確かに、ある程度年齢が上になってから新しい仕事に挑戦することは簡単ではありません。でも、自分の可能 性を信じて、少しでも前に進もうとする努力が、やがて実を結びます。与えられた機会を生かすかやり過ごすかは、個人の裁量に任されていると言えます。

 ポイント5:仕事を進めていく上で、常に中長期の目標を持っていること
 仕事には、計画が必要です。輝いている中高年は、50歳代半ばを過ぎても5~10年間の計画を持って働いています。定年は60歳であり、50歳代半ばを 過ぎた人にとって、その会社で働けるのはあと数年しかありません。定年後の再雇用制度を利用したとしても、同じ仕事ができるとは限らないのが実状です。し かし、彼らにとって、会社に残れるかどうかは、あまり問題ではないのです。現在の仕事を中長期の計画の中で位置づけることの重要性を認識しているために、 自分の定年年齢に関係なく、中長期の目標を立てて仕事に臨んでいるようです。

 繊維機械組立の専門家であるL氏は、機械組立のテキスト作成に取り組んでいます。最近の若年層は、組立に関する理論と実際の 関係がよくわかっていないというのがL氏の悩みです。L氏は、自分がこれまで習得してきた知識や技能を次の世代に伝えるために、テキストの執筆を考えまし た。この作業は10年かかるだろうとL氏は思っています。L氏の定年は2年後ですが、定年のことは気にしていないそうです。できるところまでやって、あと は次に引き継ごうと考えているからです。

 雇用関係には定年という終わりがありますが、自分が取り組んでいる仕事には終わりがありません。仕事の終わりを決めるのは、 自分自身です。第一線で活躍している元気な中高年を見ていると、「生涯現役」という言葉にふさわしい働き方をしています。彼らは、誰かから与えられて、そ のような働き方をしているのではありません。自らの意志で選択し、自らの力で築き上げてきたのです。

 50歳代半ばを過ぎていきいきと働いている人たちにお話を伺うと、異口同音に「何も特別なことはしていません」とおっしゃい ます。「昔から、当たり前のことを当たり前にやってきただけです」と言われます。仕事の基本は、これだと思います。奇を衒(てら)う必要はありません。基 本に忠実に、淡々と仕事をすることが、やがては大きな成果につながるのです。

 ドイツの文豪ゲーテは、74歳の時に詩人志望の若者エッケルマンに対して、「大作をねらうな。大作は人を疲れさせる」と言っ たそうです。日々の詩作を続けていくことが大切であり、その積み重ねが「大作」になることをゲーテは諭しました。私たちの仕事も同じだと思います。日々の 仕事を大切にすることが、結果として大きな成果を生み出します。ただ、どの方向に向かって進むのかに関して、一定の目標を持っているに越したことはありま せん。目の前の仕事と中長期の目標をうまく関連づけるのも中高年ならではのウデの見せ所ではないでしょうか。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール