能力開発の基本:仕事に対する誇りとプロ意識(上)

 今回から3回にわたって、能力開発の基礎になっているものについて考えます。私は、仕事に対する誇りとプロ意識を持つことが能力開発の成否を決めると 思っています。企業は、従業員が仕事に対する誇りを持てるようにする必要があります。具体的には、日々の職場運営の中で管理職の役割が重要になります。同 時に、従業員には、自分の仕事を前向きにとらえ、意識的に能力開発を行うことが求められます。両者がそろって初めて、効果的な能力開発が可能になります。


 この文章の元になったのは、約3年前に東京新聞に連載したエッセーです。私は、3~4年ごとにその時期の自分の研究を律する基本方針を決めるようにして います。「仕事に対する誇りとプロ意識」はここ数年、私が人事労務の研究をする際の基盤となっています。これまでの「です、ます」調の文章とは違って「で ある」調ですから、少し硬い感じがするかもしれません。ガマンしてお読みいただけるとありがたいです。

 

 仕事に対して誇りを持つことの重要性

 読者の中に、自分自身の仕事に誇りを持って働いている方がどれくらいおられるだろうか。どんな仕事でもかまわない。この仕事が自分を活かす場であり、この仕事を通じて自分が成長していると感じていれば、仕事に対する誇りは生まれてくる。

 筆者の勝手な想像だが、最近、自分の仕事に誇りを持っている人が急速に減っているように思えてならない。パートや派遣といっ た不安定な形態で働いている人に対して、「仕事に誇りを持て!」と言う方が無理な話かもしれない。定年間近になるまで、今の仕事をずっと続けられる見通し があるならまだしも、いつクビを切られるかわからない状態なのに、仕事への誇りも何もないだろう。「とりあえず、向こう半年くらいの見通しが立てばいいの さ」という、あきらめともとれる声が聞こえてきそうである。

 人々が仕事に対する誇りをなくしているのは、経営側の人事政策に大きな責任があると筆者は考える。最も大きな過ちは、多くの 仕事を「誰にでもできる仕事」だと従業員に信じ込ませたことである。「この仕事は、君でなくてもできるんだよ」と言われて、仕事に愛着を持つことはまず無 理である。

 国際競争に打ち勝つには人件費の削減が急務だと経営者は言う。日本の賃金と中国の賃金を単純に比べて、「こんなに高い賃金を 払っていたのでは、中国企業に勝てない」となげく。正社員は、もともと賃金水準が高いし、社会保険料の雇用主負担部分などがあるので割高である。少しでも 人件費を下げるために、比較的安く雇えるパートタイマーや派遣労働者、請負労働者などを使おうとする。これまで正社員が担当していた仕事を「標準化」し、 誰でもできるような仕事に分解し、非正社員を投入していく。選択と集中の名の下に、正社員が長年かかって培ってきたノウハウを惜しげもなく捨て去っている 企業のなんと多いことか。その結果、日本企業の経営の質は、低下の一途をたどっているように見える。

 単純に見えていた仕事の中にも、多くの重要なノウハウが詰まっていたことに、ようやく一部の企業が気づき始めた。大手商社や 銀行で、一般職の採用を再開するところが出ているからである。一般職というと、単純作業を担当する人々の代名詞だった。そのため、人件費削減の中で、真っ 先に派遣に置き換えられた。


 例えば、営業事務をしている一般職の仕事を見ると、外回りの営業職が受けてきた注文を単に取り次いでいるだけのように見える。その限りにおいては、誰が 担当してもかまわない。しかし、ひとたび予期しない事態が発生すると、正社員と派遣社員の差が歴然としてくる。いま、通常予想される以上の注文が顧客から 来たとする。ジャスト・イン・タイムの物流管理が普及しているため、在庫量は限られている。単純に在庫確認すると、コンピュータ上では「在庫不足」と出 る。派遣社員が対応していると、「在庫がありません」で終わりである。

 しかし、ベテランの営業事務が担当していると、コンピュータに載っていないところから商品を探してきて、注文に対応した量を そろえてくれる。ベテランの営業事務は、商品がどのように流れているかを把握しているため、数日の間に補充できる商品であれば、他の部署が押さえているも のを一時的に「借りてきて」補填してくれるのである。「そのような物流システムを組んでいるのが悪い」と批判してみたところで、現実は動かない。営業担当 にとって、注文があるのに売る「玉」がない状態は絶対に避けたいからだ。どれほどコンピュータネットワークが発達しても、商品が「思惑」で動く限り、流通 経路に「滞留」する商品はなくならない。

 このような仕事をしていた営業事務たちは、「私たちが後方でがんばっているから、外回りの営業担当が成果を上げられる」という誇りを持っていた。多くの企業は、そこに気づかず、会社の持つ貴重な財産を手放してしまった。

 日本企業の再生は、個々の従業員が仕事に対する誇りを持てるようにすることから始まる。自分の仕事に誇りを持てば、仕事の結 果に対する責任感も生まれてくる。これこそがプロ意識である。この連載で、仕事に対する誇りとプロ意識という古典的なテーマを取り上げる理由がここにあ る。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール