職業人生の設計図づくり(上)

 ここ数年、大学生の就職活動は、三年生の後期試験の終了とともに始まるようになっている。早い場合は、三月に内定が出るので、実に卒業の一年以上前に 「予約完了」となる。経済情勢の不確実性が増しているにもかかわらず、新卒者の採用については、「優秀な人材を確保する」という名の下に、早めの決定が普 通になっている。


 三年生の後半になると、学生たちは、にわかに「自己分析」を始める。就職の面接で、自分の強みと弱みの説明を求められたり、自己PRをしなければならな いからである。自分はどういう性格で、どのような能力があり、どういったことに向いているかを真剣に考える。


 自分が何に向いているかを突き詰めて考えるのはいいことである。たいていの人間には、得意なこととそうでないことがある。得意でない分野の職業を選ぶ と、途中で挫折して辞めてしまうことになりかねない。ただ、自分が本当に何に向いているのかは、実際に働いてみないとわからないものである。しかし、「だ いたいこの分野なら力を発揮できそうだ」というのがないと、勤め先をみつけることができない。就職活動は、働くということを漠然としか考えてこなかった学 生たちが、初めて職業人としての将来を意識する場面である。

 採用面接の段階で自らの適性を厳しく問われたにもかかわらず、会社に入ってしまうと、そのような機会はまったくと言っていい ほどなくなってしまう。どの仕事をどのタイミングで担当するかを決めるのは会社であって、個人の希望はほとんど聞かれない。新しい配属先が自分の適性に合 わないのではないかと思っても、文句を言わずに会社の命令にしたがうのが職業人としての成功につながると信じられてきた。

 このようにして、一つの会社で二〇年以上働いてきた人たちが、いま、人員削減の対象となっている。自分の意思にフタをして、会社の辞令を受け入れてきた人たちが、次々と会社の外に放り出されている。


 会社を辞めた人が次の就職先をさがして採用面接に臨んだとき、自らの適性や何ができるかを表現できない自分に愕然としてしまう。自己分析をしたのは二〇 年以上前であって、その後は、会社の言うとおりに部署を移って、経験を重ねてきた。改めて「何ができますか」と問われても、すぐには答えられないのであ る。

 最近、キャリア・マネジメントとかキャリア・カウンセリングという言葉をよく聞く。「自分のキャリアを自分で組み立てなけれ ばならない」と言われる。キャリアを組み立てるとは、職業人生の設計図を描くことである。自分はどういう人生を送りたいのかをまず考え、自らの適性を加味 して、職業の位置づけを決める。そして、数年ごとに設計図を見直し、これから取り組むべき課題を設定していくのである。

 バブル崩壊後の状況を見ていると、会社に職業人生の設計図づくりを任せるのは、危なくてしかたがない。将来のことはわからな いのだから、せめて自分が納得できる図面を描きたい。これからの職業人に求められているのは、様々なリスクを理解し、自らの力で設計図を作っていく大胆さ である。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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