成果主義を再考する(1)

 バブル崩壊後の不況の中で、「成果主義」という言葉が人事の世界を席巻した。「成果主義」は、日本企業が陥った閉塞感を解決する手段として期待された が、実際には多くの問題を引き起こし、いまや「成果主義バッシング」が盛んである。今回の連載では、「成果主義的人事制度」とは何だったのか、これからの 人事制度は何を基本として組み立てていけばいいのかを考えてみたい。


 高橋伸夫氏の『虚妄の成果主義』(2004年、日経BP社)が多くの読者を獲得したのは、「成果主義」という名前で呼ばれ、実施されてきた報酬制度に対 する疑問が人々の心の中にあったからである。「いい仕事をして高い成果を上げた人には、それなりに報いたい」という議論はあまりにも正論であり、反対する 理由は何もなかった。しかし、この考え方を制度として具体化し、運用を始めたとたんに「ちょっと変だぞ!」という声が方々から上がり始めた。「高い成果っ て、本当にこの方法で測れるのか」、「成果を上げたとされた人とそうでない人の格差はこれで適切だと言えるのか」など、正面切って反対するというよりも職 場のあちこちで不平・不満としてくすぶり続けていた。そこに、高橋氏が「仕事の成果には、お金ではなく仕事で報いるのが適切だ」という主張を展開し、多く の賛同を得たのである。


 これまでの賃金研究によると、賃金低下はモチベーションを大きく引き下げるが、賃金上昇はモチベーション向上にあまり効果がないことがわかっている。こ のような研究結果があるにもかかわらず、「成果主義」の名のもとに実行されたのは、賃金をモチベーション向上策の一つとして位置づけるものであった。

 確かに、賃金は短期的なモチベーション向上に役立つ。給料が上がると思えば、少々難しい状況に陥ったとしても「頑張ろう!」 という気になる。しかし、賃金で長期にわたってモチベーションを高く維持し続けるのは難しい。それは、賃金原資には限りがあり、より高い賃金を支払い続け ることは不可能だからである。

 逆説的ではあるが、企業業績が毎年のように伸びていれば、賃金制度を変える必要性は生じない。頑張って業績を上げた人にはよ り多くの賃金を払えるし、あまり業績が上がらなかった人にも前年並みかそれ以上の賃金が払えるからである。賃金制度を改定した企業の多くは、売上が伸びな くなり、利益が減少していく中で、いかに費用を削減するかという経営上の要請から賃金制度を変更した。

 賃金総額を増やさない、あるいは引き下げることを前提として、高い成果を上げた人により高い賃金を払うには、成果を上げられ なかった人の賃金を下げるしかない。低業績の人々の給料袋からお金を抜き取って、高業績の人たちの給料袋に入れることになる。抜き取られる側は、どのよう な基準が適用されるのかに神経をとがらせ、少しでも納得いかないことがあれば不満を表明する。他方、給料袋の中身が増える側にしても、こんなに頑張って高 い業績を上げたのにこの程度しか増えないのかという不満を持つことになる。

 有名なコンサルタント会社に多額のお金を払って導入した制度がうまく動かないとき、人事部は、制度を実際に運用する管理職の 能力不足を理由としてあげる。しかし、評価者である管理職の能力向上は、三〇年以上前から課題として掲げられてきたものである。これだけ長い期間、課題と してあがっていながら、いまだに解決できていないのは、人事部の怠慢と言われても仕方がない。しかし、管理職の能力を向上させれば、制度は本当に動くのだ ろうか。そもそもできもしないことをできると思い込ませて、現場の管理職の尻をたたいてきたのではないだろうか。私たちは、自分の足下をもう少し冷静に見 る必要がある。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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