成果主義を再考する(4)

 人事制度は、経営者の意図を実現するための道具という側面を持っている。「わが社の従業員は、こういう人材であってほしい」という経営者からのメッセー ジは、人事制度によって具体化される。このメッセージは、わかりやすくなければならないが、同時に従業員の心に響くものでなければ意味がない。自分たちの 現状とあまりにもかけ離れていたり、職場で日々大切にしていることに反していたりすると、共感を得ることができず、絵に描いた餅に終わってしまうことにな る。ここ一〇年の「成果主義」が失敗した理由がここにあると考えられる。


 会社が制度改革を実施する際、第一線の管理職の考えを聞くことはほとんどない。人事制度を作るのは人事部だが、それを実際に使って職場を管理するのは、 第一線の管理職たちである。彼らは、人事制度のユーザーである。商品開発をする際、ユーザーの声を聞くのは常識であるにもかかわらず、人事の世界ではユー ザーが顧みられることはあまりない。「現場の管理職の言い分を聞いていたら大胆な制度改革はできない」というのがユーザー軽視の理由であるが、実はここに 問題の原因がある。


 ある大手化学メーカーA社の人事担当者が次のような話をしてくれた。彼は、本社の人事課長として制度改革の陣頭指揮に当たり、成果をより重視した人事制 度の導入に尽力した。制度改革の後、研究所の人事部に異動になり、自分が作った制度の運用を経験することになった。そこで、制度の使いにくさに初めて気が ついたという。A社の新しい人事制度は、メリハリのきいた処遇をするために、評価に差をつけることを要求していた。五段階で最も上と二番目の評価を一定割 合出すことを求め、下二つの評価ランクもしっかり使うように指導がなされていた。しかし、研究所において、五段階を目一杯使った評価がいかに現場実態と大 きく離れているかに気づかされることになった。研究員たちは、大半が平均的な働きぶりを示しており、無理やり高い評価や低い評価をつけることには納得性が ないというのである。彼は、この実態を尊重し、本社の人事部にかけあって、評価制度の運用において研究所を例外扱いしてくれるよう頼んだ。


 各職場には、その職場の生産性を上げるために大切にされていることがある。それは、第一線の管理職に話を聞かないとわからない。「人事部は成果・業績を 上げた人を高く評価しろと言うけれど、私はチームワークを考えて、成果・業績は平均的だけれども職場を活性化させる役割を果たしている人を高く評価したい し、実際にそうしている。」「この職場では、成果が出るのに一年以上かかるし、成果自体が見えにくい。だから、部下の行動をしっかり観察して評価するよう にしている。人事部が作った制度は、職場実態に合わせて適当に運用している。」人事担当者が職場に行って管理職たちと話をすれば、このような話は次から対 へと出てくるはずである。ユーザーは、作り手の意図を無視したような使い方をすることがしばしばある。そこでユーザーを責めても問題の解決にはならない。 ユーザーが使いやすいように製品を手直しするしかない。

 確かに、人事制度は、経営者の意図を反映させて作られるものである。しかし、同時に、制度を使う人たちの思いも大切にする必 要がある。経営者と現場の間に挟まれて苦労するのが、人事部の仕事であり、そこにホンネの情報を入れていくのが労働組合である。相対立する状況をギリギリ のところでバランスさせるのが、人事担当者のウデの見せ所である。人事制度改革の要諦は、コンサルティング会社ではなく自社の現場にあることを労組は強調 しなければならない。理念と現実の厳しいせめぎ合いの中から、真に使いやすい制度が生まれてくるのである。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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