成果主義の議論は、主として賃金制度のあり方をめぐって展開されてきた。そこで、この連載を終わるにあたり、賃金制度を議論する際におさえておくべき三つの点を整理しておきたい。
まず、従業員が賃金額の高低に一喜一憂しながら働くことは、企業の競争力強化につながらない点である。企業には、良いときもあれば悪いときもある。悪い ときに企業を支えてくれる従業員がいないと、会社はたちまち傾いてしまう。悪いときに支えてくれるのは、賃金だけを目的に働いている従業員ではない。賃金 獲得を第一の目的としている従業員は、企業業績が悪くなり始めると、すぐに別の企業に移る可能性が高い。仕事が好きで、この企業の製品が好きで、同じ職場 の仲間が財産だと思っている従業員こそが、悪いときに支えてくれるのである。企業の賃金制度は、そのような従業員を増やすものでなければならない。
賃金制度をめぐる第二のポイントは、「この制度のもとで働けば安心だ」という感覚を従業員が持ってくれることである。賃金は、価値の高い仕事をした結果 であって目的ではない。この仕事に打ち込んでいい結果を出せば、生活できるだけの賃金がきちんと支払われるという安心感、自分の仕事ぶりを会社はちゃんと 見ていてくれるという企業に対する信頼感が根底になければ、どんな制度も機能しない。
この安心感、信頼感を得るには、賃金を決める基準に合理性が必要である。これが三つ目の留意点である。企業は、労働や原材料を投入し、企業内に存在する 生産設備などの変換システムを使って産出物を生み出す。この産出物に価格がつけられ、市場に投入されると「製品」となる。製品が市場で売れると、企業の収 入となる。収入から費用を差し引くと「利益」が出る。この一連の流れの中のどれを賃金決定基準として使うのかが問題になる。
伝統的な賃金制度は、労働投入部分を基準にしてきた。職務給がその典型である。職務分析をして労働の負荷を測り、一定の係数をかけて点数化し、それをい くつかのグレードに分ける。そこには、生産物が市場でどれだけ売れて、どれだけの利益が稼げるかという観点は入っていない。職能給や役割給も労働投入に注 目してつくられた仕組みである。この基準は、製造現場や間接部門において適用されてきた。
他方、購買部門や営業・マーケティング部門は、市場に近いところで仕事をしているので、売上高や利益に関連した指標をとることが合理性を持ってる。とは 言っても、営業担当者の賃金を売上高だけで決めることには異論が多い。それは、市場は気まぐれであり、時として暴走するからである。大した努力をしていな いのに、環境の変化によって突然製品が売れることがある。他方、どんなに努力してもまったく売れないことがある。前者の例としては、鳥インフルエンザの脅 威によって一部の医薬品が大きく売上を伸ばしたことを、後者の例としては、二〇〇一年の同時多発テロ後に海外旅行の需要が激減したことをあげれば十分だろ う。
このような市場の気まぐれに伴うリスクを誰が負うのかが、成果主義的賃金制度の一つの争点であった。九〇年代に導入された制度は、市場の変動リスクも従 業員に負わせようとした。これでは、安心感とはほど遠い制度になってしまう。人がなぜ組織を作り、なぜ組織に属して働こうとするかを考えれば、予期できな いリスクは企業が負うのが順当である。
これからの賃金制度を議論するとき、以上三点を是非考慮していただきたい。そうすれば、従業員が安心感と信頼感を持ち、仕事に前向きに取り組もうという気持になる制度になるはずである。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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