二種類の社会的責任
企業が社会の中で活動していく以上、果たさなければならない責任がある。通常、法令遵守やその社会が持っている規範に合った行動をとることが指摘され る。これが守られなければ、社会から糾弾されることになり、存続自体が危うくなる。法令を守らなかったことが発覚したために、倒産に追い込まれた例は多 い。これは、見方を変えれば、消極的な社会的責任のとり方である。しかし、企業の社会的責任はそれだけではない。積極的な部分もある。地域社会のイベント に協賛したり、身障者にとって使いやすい製品を開発して施設に配布したりといった、その社会の発展に寄与するような活動も社会的責任の一部としてとらえる ことができる。直接の利益に結びつくことではないが、社会の存続・発展にとって意味のある行動をとることによって、消費者に存在を認知してもらうことが可 能になる。「ああ、あの活動をしている企業の製品なら買おう」という消費行動に結びつけば、利益につながる可能性がある。しかし、うけねらいの行動は、か えって鼻につき、企業の評判を落とすことになりかねない。この分野では、動機が純粋であることが、社会に受け入れられる条件となる。
雇用保障についての考え方
企業の社会的責任に対する考え方は、国によって異なる。それは、社会の規範が少しずつ違うからである。その違いが最も際だっ て現れるのが「雇用」の分野である。アメリカにおいてCSRが議論されるとき、雇用保障はその対象となっていない。他方、ヨーロッパ大陸諸国でCSRが言 われるときは、雇用保障が重要な一項目になっている。日本のCSRの議論は、ヨーロッパ大陸諸国のそれに近い。
雇用保障とは、ある企業に正社員として採用された従業員について、みだりに解雇しないようにすることである。景気は、常に変 動している。企業業績も良くなったり悪くなったりする。業績が悪化したとき、その程度に応じて従業員数を減らすのか、あるいは、次の拡大に備えて、一時的 に過剰雇用になるけれども従業員を雇用し続けるのかは、重大な経営上の決断である。この意思決定は、解雇に対する社会の考え方に影響を受ける。解雇は経営 の一手法であり、状況が良いときに人を増やすのと同じように、悪くなれば人を減らすのは当然であるという考え方が一方にある。他方、雇用が安定しないこと は人々の生活上の不安を増大させるので、できるだけ解雇は避けるべきだという考え方も存在する。前者がアメリカ社会で支配的な考え方であり、後者はヨー ロッパ大陸諸国や日本で支持を得ている考え方である。
前者の意見を持っている人が支配的な社会で解雇を実施しても、大きな問題は生じない。しかし、後者の意見を持っている人が多い社会で解雇を行うと、企業 の社会的な評判を落とすことになり、次に人を雇おうとしたときに優秀な人材を集められない危険性が高まる。今年さえよければそれでいいという経営をするの なら別だが、その社会で長く活動していこうとするなら、人々が持っている公正の概念を無視することはできない。短期的にはマイナスだが、中長期の視点が考 えるとプラスになることは多い。雇用保障もその一つである。
いま求められている社会的責任=正社員を雇うこと
最近の日本企業は、正社員の数をできるだけ少なく抑えて、派遣社員や請負作業者といった非典型雇用の人たちを多用して需要の 変動に対処しようとしている。これは、短期の業績を考えたときには合理的な行動である。しかし、日本社会のあり方を中長期の視点でとらえると、必ずしも合 理的ではないと考えられる。それは、このままの状態が10年くらい続くと、購買力の低下が起こり、日本国内の市場が縮小するかもしれないからである。
非典型雇用の人たちの所得は、正社員のそれに比べて大幅に少ない。様々な試算がなされているが、生涯所得で見ると、1億5千 万円程度の格差になる。20歳代でフリーターとして働いたとしても、徐々に正社員に転換していくのなら問題は少ない。しかし、現実はそうなっていない。 20歳代でフリーターだった人の大半は、30歳代になってもフリーターを続けているのである。購買力の低下は、日を追って現実味を増している。
最初からすばらしい仕事ができる人材は限られている。大半の人は、企業の中で上司や先輩から指導されて、能力を高めていく。 正社員は長く働くことを前提に雇われているからこそ、既存の従業員は、「何とか一人前にしなければ…」と考え、めんどうな指導を引き受けるのである。短期 間のうちに去っていくであろう非正社員には口うるさいことは言わないし、時間と労力をかけて育てようともしない。言い換えると、非正社員は、いつまで経っ ても、仕事上、本当に必要とされる能力を身につける機会が与えられないことなる。もちろん、フリーターとして働きながら、意識的に自らの能力を高め、正社 員に登用される人も存在する。でも、その数は決して多くない。
これからの日本企業の社会的責任を考えるとき、未熟な若者を正社員として雇い、一人前の職業人に仕立て上げていくことも重要 な一項目となる。最初は非正社員として雇っても、働きぶりに高じて正社員に採用していく仕組みを作れば、この課題は大きく前進する。これは、何も新しいこ とではない。1960年代までの大企業の地方工場で普通に見られた雇用方式である。日本社会が将来にわたって豊かであり続けるために、いま、企業が果たす べき役割は大きい。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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