経営者に必要とされる資質

 経営者になる人は、どのような資質を持っている必要があるのかという議論は、ずっと繰り返されてきた。洞察力、決断力、調整力、人心掌握力など数多くの 「力」が指摘され、どうすればそういう能力を身につけられるかについても山のような著作がある。それらを読んでみても、「これだ!」というものをみつける のは至難の業である。その理由は、経営者という仕事が予測不可能な多様性への対処を要求されることにあると考えられる。ある状況に対して最適の経営施策 も、環境が変わり、競合他社との位置関係が変わると、「最適」ではなくなる。経営手法に正解はなく、正解は創り出すものだと言える。


 ここでは、あまたある議論の中で、(ア)成功体験にとらわれないこと、(イ)情に厚いが情に流されないこと、(ウ)高い倫理観を持っていることの3点だ けに注目して経営者の資質を議論したい。この3点に注目するのは、これらが経営者に必要とされる資質の基礎になると考えられるからである。

成功体験にとらわれないこと

 状況を読みながら最適の決定をしていくのが経営であるが、言うは易く行うは難しである。人は、しばしば、過去の成功体験に支 配される。「あのときこうやってうまくいったのだから、今回もその手法が通用するはずだ」と考え、施策を打つ。前回通りうまくいく場合もあるし、うまくい かない場合もある。過去の経験を参考しつつ、現在の状態を判断して対応策を考えればいいのだが、将来に向かっての選択肢は無数にあり、その中からどれを選 ぶかとなったとき、やはり「昔うまくいったこと」にとらわれてしまうのである。ある時期に「名経営者」と言われた人が、その地位に長くとどまったために、 最後は「老害」と揶揄され、晩節を汚した例は枚挙にいとまがない。

 組織は、最高潮に達したときから衰退が始まると言われる。成功体験が次の新しい試みの芽を摘む危険性が高いからである。企業 経営は、不断のイノベーションである。イノベーションを起こし続けることが経営者の責務である。成功体験を捨てるとは、自分の過去を否定することに等し い。しかし、これができなければ、経営者としての責務を果たすことはできないのである。
情に厚いが情に流されないこと

 経営者の大切な役割は、どの仕事を誰にまかせればいいかを決めることであると同時に、見込みのない事業をやめる決断をするこ とである。人の気持ちを知り、人の持つ能力を最大限に発揮させることが経営者に求められている。人を見る目を持たなければ、経営は危うくなる。新事業の開 始と事業からの撤退を比べると、新しいことを始める方が簡単である。リスクを負いながら未知の分野に打って出る姿は、経営者として一つの理想である。しか し、新規事業がうまくいかないとき、あるいは既存の事業に将来性がなくなったとき、潔く撤退する決断をしなければならない。

 「もうやめる」ことを決めるのは案外難しい。やめたとたんに市場が大きく開け、他社に顧客を持って行かれるかもしれないから である。あるいは、その事業を一生の仕事として取り組んでいる従業員がおり、彼らのことを考えると、やめるに忍びないという「情」が働く。人を動かすには 情に厚いことが重要であるが、情に流されると経営決断に遅滞が生じ、大きな穴を開けてしまうことになりかねない。撤退を決めたとき、その事業に関わってい る責任者のところに足を運び、なぜやめるのかを説明し、納得してもらう努力が必要である。志を持った従業員を腐らせるようなことになると、企業の競争力を 弱めることになりかねない。「情」を大切にすることを強調する理由がここにある。

高い倫理観を持っていること

 最近、企業の社会的責任やコンプライアンス(法令遵守)が強調されている。企業が社会の中で活動を続けていくには、その社会 が持っている規範を守ることが重要である。しかし、目先の利益目標の達成を考えると、「少しぐらいいいか」という気持ちが出てくるのも事実である。雪印乳 業が起こした食中毒事件や雪印食品のBSEにからんだ補助金詐取事件は、まさに倫理観の欠如が原因になっている。「それは現場の問題だ」と言ってしまえば おしまいだが、経営者の倫理観が現場の行動に影響を与えることを肝に銘じなければならない。

 企業経営にとって利益を出すことの重要性は、強調しても強調しすぎることはない。問題は、「どのようにして」利益をあげるか である。経営者が「何をしてもいいから利益を出せ」という方針を持っていると、現場はそれに沿った行動をとる。逆に、「利益を出すことは重要だが、わが社 がまず大切にしたいのは、社会から尊敬されることである」という方針を経営者が持っていれば、従業員も社会から尊敬されるような行動をとるようになる。 「そんなきれいごとを言っていたら競争に負けてしまう」という反論が聞こえてきそうだが、消費者に認められない行動をとる企業は、遅かれ早かれ衰退するこ とは目に見えている。経営者の高い倫理観は、従業員の行動に影響を及ぼし、会社の品位を決める。倫理観は、長期にわたる企業の存続にとって、重要な要件な のである。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール