企業競争力の向上と経営者の役割(上)

1.経営者の役割―海図なき航海の舵を取る


 この小論の目的は、企業の経営者に求められる役割を整理することである。企業は、日々、熾烈な市場競争にさらされている。どんなに高い技術力を持ってい たとしても、消費者が使ってみたいと思えるような製品やサービスを作り出すことができなければ、競争に勝つことはできず、企業としての存続が危うくなる。 また、一時的に成功をおさめたとしても、その状態に甘んじていると、他社の追随を受け、築いた地位を奪われてしまうことになりかねない。新しい分野に挑戦 することにはリスクがともなうが、一定のリスクをとらなければ競争において優位に立ち続けることはできない。さまざまなリスクを計算しながら、企業を正し い方向に導いていくのが経営者に課せられた責務である。


 企業経営は、しばしば操船にたとえられる。市場は海であり、嵐や暗礁、海流の変化など、予期しない出来事が毎日のように発生する。経営者は、船長とし て、企業を正しい目的地に導く責務を負っている。現在は、人工衛星による気象予報体制が確立され、天候の変化に関する情報は容易に手に入るが、ついこの前 までは、風を読み、嵐の予兆を感じて適切な措置をとれるか否かが生死の境を分けた。企業経営とは、一昔前の航海に似ている。すなわち、海図や天気に関する 情報が極端に限られている状況下での操船である。


 ただ、1980年代までの日本企業の経営は、瀬戸内海を航行するようなものであった。前を行く船や島との位置関係を見ながら操船すれば、ほぼ間違いなく 目的地に到達することができたからである。時々発生する霧や、散在する暗礁に乗り上げることもあったが、大事に至らずに船を目的地まで持っていくことがで きた。


 しかし、1990年代半ば以降、市場競争を取り巻く環境が大きく変わった。売れ筋がめまぐるしく変化し、今日は勝者になったとしても明日はどうなるかわ からないという状況になった。それは、あたかも太平洋を海図やGPS(全地球測位システム)なしで航海するのと似ている。周りに他の船はいないし、島影も 見えない。自分の位置を知ることさえ困難な状況に置かれることになった。


 船長は、船の荷物や目的地を決め、どの経路でその目的地に到達するのかを計画し、クルーを鼓舞しながら操船しなければならない。運ぶものを間違えると、 目的地に到達しても荷物の引き取り手がいない(売れない)ことになるし、目的地を間違えても同様のことが起こる。到達経路の選択を誤ると、途中で沈没した り、目的地までたどり着けなかったりする。どのような財・サービスを、どのタイミングで、誰に対して提供するのか、価格をどう設定するのか、宣伝の方法と 時期など、リスクをとって決めなければならないことの連続である。一つでも間違えると、利益どころか損失を出してしまうことになる。

 

2.競争力の源泉を見極める


 企業には、それぞれ持ち味がある。得意とする分野は、企業ごとに違う。他企業との違いを鮮明にして、その企業らしさを打ち出すのが「差別化」である。他 社と同じような商品やサービスを提供しても、先行企業には勝てない。他社にはないもの、自社独自のものを作り出していかなければ、市場競争を制することは できず、経営者としての責務も果たせないことになる。


 自社にとって競争優位になる点は何か、他社との差別化はどの面で実現できるのか、といった点について冷静に分析し、自社の競争力を高めるように経営資源 を投入していかなければならない。では、どうすれば自社の競争力の源泉を見極めることができるだろうか。藤本隆宏氏が2003年に出版した『能力構築競 争』が参考になる。


 藤本氏は、同書の中で、競争力を「表層の競争力」と「深層の競争力」に分けて説明している。表層の競争力とは、外から観察可能な競争力で、価格、納期、 具体的な製品などがそれにあたる。私たちは、しばしば、この表面に現れた競争力に目を奪われがちである。多くの経営者は、同じ品質のものを他社よりも安く 作れば競争力が高まると考え、コスト競争に走る。確かに、コストは競争力の重要な要素である。しかし、競争力のすべてではない。「高いけれども、こちらの デザインが好きだからこの会社の製品を買う」という消費者は多い。ブランドものの鞄や時計などがそのいい例である。その意味では、「ブランド」も外から見 える競争力の一つである。


 この表層の競争力は、わかりやすいがゆえに、その会社の社員も「それがわが社の競争力だ」と思ってしまう。しかし、表面に現れた競争力は、それだけで存 在するものではない。価格や納期を組織の中の深いところで支えている要素があるからこそ、表面に現れた競争力が維持できているのである。それが「深層の競 争力」である。具体的には、開発に必要とされる人員数と時間、実際の生産に必要とされる人員数と時間など、組織の中に蓄えられているさまざまなノウハウで ある。これは、外から見えにくいだけでなく、内部にいる人も認識していないことがある。それゆえ、表面に現れた競争力を強化するために、それを深いところ で支えている競争力を弱める施策をとってしまうことがある。


 例えば、コストを下げるために、一部の業務を外注化する場合を考えてみよう。外注化すれば、確かに一時的にコストは下がる。しかし、外注化した部分の業 務が、全体の業務の中でどのような位置にあるのかを見極めないと、数年後のコスト上昇になって跳ね返ってくる場合がある。一見、独立しているように見える 業務でも、その中により高度な業務との関連性が濃い部分がある場合、その単純な業務を経験しておかないとより高度な業務を担当できないことがある。


 あるいは、外注化した業務でトラブルが起こったとき、外注化の直後はその業務内容を知っている人が本体の中にいるので、業務全体との関連の中でトラブル の原因究明と対策を打つことができる。しかし、外注して5年くらい経つと、その関連性を理解している人がほとんどいなくなる。すると、トラブルへの対応に 多くの時間を費やし、顧客の信頼を失うことにもなりかねない。競争力を表層と深層の両面からとらえ、自社の競争力の源泉はどこにあり、競争力を高めるには 何を大切にすべきかについて、確かな見識を持っていることが経営者には求められている。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール