企業競争力の向上と経営者の役割(中)

3.表層の競争力向上策


 企業は、表面に現れた競争力を高める努力を怠ってはならないことは言うまでもない。ここでは、コスト削減と新製品・サービス開発の二つを取り上げて、競争力向上策を考えてみる。

(1)コスト削減

 どの企業もコスト削減に鎬を削っている。同じ品質であれば、消費者はより安いものを買うからである。コストを下げるという点 で参考になるのは、自動車産業の取り組みである。自動車本体の価格はあまり下がっていないが、新しい技術が盛り込まれた新モデルが旧モデルとほぼ同じ価格 で売られているという事実は、実質的に価格が下がっていることを意味する。

 自動車の製造現場では、毎年、5パーセント程度の原価低減目標が設定される。材料費、光熱費、工具費、それに人件費も含めた 原価全体が職場単位で測定され、その削減が課題となる。5パーセントは、決してなまやさしい数字ではない。現場第一線の管理職である職長たちは、改善提案 制度やQCサークルなどさまざまな手を使い、職場のメンバーひとりひとりの知恵を結集して原価低減目標を達成していく。

 トヨタ自動車の年間純利益の約4分の1は、現場の原価低減によって生み出されているという。原価低減がコスト競争力の源泉な のである。数年前、トヨタ自動車が「終身雇用制」を維持しているという理由で、アメリカの格付会社が同社の格付を下げたことがあった。その後、高い利益を あげ続けているため、その格付会社は格付を元に戻さざるを得なかったようだが、なぜトヨタ自動車は「終身雇用制を維持する」と明言しているのだろうか。こ れは、まさに同社の競争力と関係している。

 現場における究極の原価低減は、人員を一人減らすことである。12人で担当していた作業を11人でできるようになれば、原価 削減効果は大きい。しかし、もともとムダがないように作られている工程から、一人分に相当する作業を絞り出して減らすことは並大抵ではない。職場メンバー による改善を少しずつ積み上げ、1秒のムダ、0.5秒のムダをとることによって、一人分の仕事を減らすのである。このとき、減った一人がどこに行くかがと ても重要である。現場の作業者は、仲間のクビを切ることになる改善には協力しないからだ。一人分の仕事を減らしても、仲間の雇用の場は守られるという信頼 感があるからこそ、ギリギリの改善に知恵を出す。「終身雇用を守る」という経営側の意思表明が、トヨタ自動車の競争力を根底で支えていると言える。


(2)新製品・サービスの開発

 企業が競争に勝ち続けるには、常に新しい製品・サービスを生み出していかなければならない。一時的に成功をおさめた製品・サービスに胡座をかいていると、他社の追随を許し、市場での地位が逆転してしまうことになりかねない。

 では、どのような形で新製品・サービスは出てくるのだろうか。ここで参考になるのは、1987年3月に発売されたアサヒビー ルのスーパードライ開発にまつわる企業内の動きである。1980年代半ば、アサヒビールはビール市場でのシェアが10%を切り、サントリーとのシェア逆転 も目前に迫るくらい困窮していた。アサヒビールは、レストランや居酒屋を中心に売上を確保していたが、家庭向けで売上を伸ばしてきたキリンビールの後塵を 拝し、年々シェアを落としていた。

 そのような中で、アサヒビールの再生をめざして新製品開発にあたっていた人たちがいた。マーケティング担当者、醸造担当者、 研究開発担当者たちである。マーケティング担当者たちは、消費者が求めるビールはどのようなものかを求めて、消費者調査を繰り返した。その結果、出てきた のは、にがくないビール、スッキリした味のビール、辛口ビールであった。当時の最大のシェアをとっていたキリンビールは、「ラガー」を主力商品とし、ホッ プの効いた苦みの強い味で売っていた。ビールの愛飲家たちは、「キリンラガーがビールの味だ」と信じて疑わなかった。しかし、この味を支持していたのは特 定の層、すなわち中高年男性であり、女性の支持はあまり受けていなかった。「ビールは男の飲み物」という固定観念ができあがっていたのである。

 アサヒビールは、つぶれるかもしれないという危機感を背景に、消費者に本当に好まれるビールの開発に取り組んだ。石山順也氏 の『アサヒビールの挑戦〈ドキュメント〉快進撃への軌跡』によると、このプロジェクトを進めていたのは経営層というよりも、アサヒビールを愛する中堅社員 たちだった。5000人にのぼる消費者試飲調査を展開し、辛口ビールとして新製品にまとめ上げ、取締役会の承認を得ようとした。しかし、当時の取締役たち は「これはビールではない」と言って承認しなかった。担当者たちは、もう一度消費者調査を行い、これだけ支持されているという資料を整え直して、再度取締 役会にかけた。

 当時の社長は、アサヒビールを立て直すために住友銀行から派遣されていた樋口廣太郎氏である。樋口氏が何を考えて決断したの かは氏の著書に詳しいが、どうやら「どちらにころんでも失うものはないのだから、ここでひとつやってみるか」といった程度で承認したのが真相らしい。役員 会からようやく承認されたスーパードライは、ビールらしくない名前(スーパードライ)、缶入り中心の商品展開、既存のビールにはないパッケージという、そ れまでの業界常識を無視した手法で売り出された。発売と同時に爆発的なヒット商品となり、キリンビールを抜いてビール部門のシェアトップに躍り出たのであ る。

(3)表層の競争力向上と経営者の役割

 トヨタ自動車において、原価低減のために知恵を出しているのは現場の作業者である。アサヒビールでスーパードライを開発し、ヒット商品に育て上げたのは中堅社員たちである。では、これらの表層の競争力向上に経営者はどう関わっていたのだろうか。

 経営者の役割は、会社の進むべき方向を明確にし、それに向かって従業員が力を発揮できるような環境を作ることである。トヨタ 自動車の場合、自動車生産のコスト削減にとって最も大切なものは現場作業者による改善であるとし、現場の人たちが安心して改善に取り組める状況、すなわち 雇用保障を打ち出した。他方、アサヒビールでは、樋口氏の一代前の社長だった村井氏が組織再編を行い、商品開発に関係する部署相互の連絡が密にできる体制 を作り出した。また、本社の部長級が非公式に交流できる場を設け、企業風土の改革にも取り組んだ(詳しくは、永井[2004]を参照されたい)。

 コスト削減にしても、新製品・サービスの開発にしても、経営者だけの力でできるものではないし、従業員だけでできるものでもない。両者の目標と力が合わさったときに初めて、大きな効果を発揮する。まさに組織力が決めてとなるのである。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール