制度ユーザーの声を大切にした人事制度改革を考える(上)

「年功的賃金制度」は成果主義とは無縁のものだったのか?


 「成果主義」と呼ばれる制度が日本企業に導入されて約10年が経過した。「成果主義」は、バブル崩壊後の日本企業の低迷を打開する方策として期待されたが、導入企業において多くの問題点を露呈し、いまでは批判の方が勝っている感がある。


 1990年代のはじめ、日本経済がバブル崩壊後の不況にあえいでいたとき、職能資格制度を基盤とした人事制度は「年功的だ」という理由で批判された。従 業員のやる気を引き出すには、もっとメリハリをつけた仕組みにしないとダメなのに、積み上げ方式の職能資格制度では有能な従業員を適切に動機づけできない と言われた。この問題点を解消し、高い成果を出した人には、それに見合った処遇をすることを目的として導入されたのが、「成果主義的人事制度」である。


 「成果主義」を標榜する人たちが議論の前提としているのは、「職能資格制度では処遇に大きな差がつかない」という点である。しかし、本当にそうだろう か。いま、大学を卒業して同じ年に貴社に入った二人の従業員を思い浮かべてほしい。20年経って、43歳くらいになったとき、最も昇進の早い人と最も遅い 人の間にはどれくらいの差がついているだろうか。昇進の早い人は、課長職を通り越し、部長職あたりまでいっているだろう。他方、昇進の遅い人は、まだ管理 職にもなっていないはずである。これら二人の年収を比べると、その差は300万円から400万円はあるのではないだろうか。これは、立派な「成果主義」だ と筆者は考える。


 昇進するかしないかは、人事考課によって決まる。従業員は、毎年、2回程度評価され、その結果が昇級や役職昇進に影響する。誰が見ても優秀だという人 は、昇進スピードが速いし、あまり業績を上げられない人は、なかなか昇進しない。10年から15年くらいかけて、複数の職場を経験させ、各人の適性を見極 めた後に決定的な差をつけるのが1980年代までの日本企業のやり方だった。


 「成果主義」を導入したい人たちは、なぜかこの事実に目をつぶり、職能資格制度では優秀な人材を処遇できないと主張した。確かに、典型的な職能資格制度 は、級ごとの最低滞留年数を決めていたので、課長相当職の級に上がるには、どんなに優秀な人でも10年以上を必要とした。しかし、職能資格制度は、職能等 級と仕事を緩やかに結びつけ、柔軟な運用を認めていたので、等級は係長相当であっても課長クラスの仕事を任せられることがしばしばあった。優秀な従業員に は、その人の能力に見合った仕事を与え、着実に能力育成を行っていた。もちろん、その時点での賃金は、職能等級に基づいて支払われるために課長よりも低 かったが、上位ポストへの昇進確率が高まることを実感できたので、従業員側から賃金が低いことに対する不満はほとんど出なかった。


 このように考えてくると、1980年代までの日本企業の人事制度は、まぎれもなく「成果主義」だったことがわかる。10年以上かけて、ゆっくりと差を明 確にしていく手法がとられていた。そのため、従業員たちは差の拡大を徐々に認識し、納得することができた。時間というコストをかけて、従業員の納得性を確 保していったのである。他方、1990年代以降の「成果主義」は、短い時間で大きな差をつけようとしている。しかも、そうすることが従業員のやる気を高め るという論理構造を持っている。ただ、差がつくことに対する従業員の納得性をどう確保するかについては、明確な方法を持っていない。この点が、「成果主義 の限界」を引き起こしていると考えられる。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール