M&Aと労働組合(1) M&Aの時、労働組合は何ができるのか?

増えるM&A


 最近、M&A(企業の合併・買収)が話題になっています。昨年の王子製紙による北越製紙の買収攻勢や製薬会社の相次ぐ合併、そして、今年初めから話題を 呼んでいるHOYAとペンタックスの経営統合など、M&A花盛りといった様相を呈しています。M&Aコンサルティング会社レフコの調査によると、2003 年に行なわれた日本企業のM&Aは1828件でしたが、2006年には2775件になりました。一日あたり10件近いM&Aが行われている計算になりま す。


 M&Aは、その企業で働いている従業員に大きな影響を与えます。労働組合がある会社同士のM&Aもあれば、片方には労組があるが片方にはないケース、労働組合がない会社同士のM&A(実際にはこれが最も多い)などさまざまです。


 労働組合があれば、経営側に対して「いったい自分たちの生活はどうなるんだ」、「これからの職場はどう変わっていくのか」といった点を問いただすことが できます。しかし、労組がなければ、一方的な経営側の説明だけを聞かされ、不安だけが大きくなっていきます。ましてや、買収される側の企業に勤めている人 や不採算部門として他企業に売り渡される部門で働いている人の不安は、いやが上にも高まります。


買収防衛策

 M&A対して労働組合は何ができるのかについて、これから10回にわたって考えていきたいと思います。この問題を考える際、 目の前の課題だけにとらわれていると、労働組合本来の役割は果たせないと考えます。いま勤めている企業がM&Aに遭遇したときに労働組合はどのような対応 をとれるのか、という点は確かに重要です。しかし、買収防衛策を含めてM&Aにどう対処するかは、基本的に経営側の問題であって、労働組合がどうこうでき る分野ではありません。労使協議会やその他の労使コミュニケーションの場で、経営側の考えを問うことはできますし、労組としてこうして欲しいという意見は 言えます。でも、労働組合が主導権をとってM&Aを進めたり阻止したりできるかというと、特殊な場合を除いて無理だと思います。

 買収防衛に必要な対応策として、企業の時価総額を上げることが言われます。企業の価値は、競争力によって決まります。他社で は追随できない技術やノウハウを持っているとか、ブランドを確立していて顧客の絶大な信頼があるといったことが企業業績を押し上げ、株価の上昇をもたらし ます。株価が上がれば時価総額が上がるわけですから、買収がしにくくなるという図式です。しかし、競争力を上げて時価総額を上げるには時間がかかります。 今日取り組んで、明日成果が出るというものではありません。そこで、手っ取り早い方法として、合併や経営統合が使われます。ここ数年、M&Aが増えている のは、買収防衛という側面があることは広く指摘されている事実です。

すべては金融ビッグバンから始まった

 では、なぜ21世紀になる頃から、M&Aが増えてきたのでしょうか。直接的には、橋本政権下で決められた「金融ビッグバン」 が発端です。金融ビッグバンとは、日本の金融市場の開放でした。日本の金融市場は閉鎖的であり、このままでは国際競争におくれをとってしまう。日本の金融 市場の規制を取り払って、世界中から資金を集められるようにする―このようなかけ声の下、アメリカ市場の基準に合わせた制度変更が行われてきました。「ア メリカ市場で日本企業ができることが、日本市場においてアメリカ企業ができないのはおかしい。日本市場の制度をアメリカ市場に合わせろ!」という圧力がア メリカ側から陰に陽にかけられ、それに合わせて日本の制度を変えてきたのがここ10年の自民党政権でした。

 アメリカ市場でとられている制度は、決して世界標準ではありません。ヨーロッパに行けば、フランス型、ドイツ型、イギリス型 など少しずつ異なる市場運営の仕組みがあります。例えば、フランスでは、短期保有の株主と長期保有の株主の議決権を変える制度が取り入れられていますし、 ドイツでは、企業の意思決定機関に従業員代表が半数参加する共同決定法が30年以上にわたって施行されています。EUという大きな枠組みの中で制度が統一 される方向にありますが、アメリカ型を入れようという意見は見られません。

社会の枠組みを作るのも労組の大切な使命

 ヨーロッパの労働組合リーダーたちと話をしていると、「社会の枠組みをどう作るか」という視点を強く感じます。自分たちは、 労働組合として、どのような社会をめざすのかをまず考え、その理想を実現する上で必要な具体策として、個々の法律や制度を位置づけていきます。これは、日 本の労組リーダーに最も欠けている点だと思います。

 日本社会は、長らく、企業の価値を長期の視点でとらえることに意義を見いだしてきました。向こう3カ月でどう儲けるかではな く、5年後から10年後を見据えながら、社会に役立つ財やサービスを創り出すことに企業経営の基本を置いてきました。しかし、ここ10年間の制度変更は、 そのような経営スタイルを否定する方向で進んでいます。例えば、上場企業は、四半期ごとの業績を開示することを求められるようになりました。情報開示はい いことですが、アナリストたちは、次の3カ月間でどれだけの利益を出すのかを求めてきます。「いや、わが社はそのような短期的な視点で経営はしていない」 と言うと、とたんに評価が下がり、株価に悪影響が出ます。そこで、社長は、アナリストを喜ばせるような施策を無理やり考えなければならないのです。

 社会の枠組みを作るのは国会です。すべては、法律という形で基本的な姿が決まります。中長期の視点に立って価値の高い財・ サービスを創り出せる企業を育てていくにはどのような制度が適切か、競争力の源泉である従業員の能力を高めていくためにふさわしい制度は何か、日本の国際 競争力をどう高めていくのかといった議論から、制度改正を始めるべきでした。しかし、現実には、企業価値=時価総額という短絡的な思考から、アメリカ型の 制度を矢継ぎ早に導入してきました。

 労働組合の組織率は、30年以上にわたって低下していますが、組合に加入している人は今でも約1000万人います。これはと ても大きな勢力であり、日本社会の財産です。M&Aを考えるとき、労働組合の視点から制度の根幹を問い直すことも必要だと思います。この連載が労組リー ダーの活力につながるよう、精一杯努力したいと思います。どうぞよろしくお願い致します。

【電機連合メールマガジン2007年5月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール