M&Aと労働組合(4) 経営側に見えていない側面を指摘する

 労働組合の重要な役割の一つとして、経営側に見えていない現場の実態を直接伝え、より質の高い意思決定をしてもらう手助けをすることがあげられます。こ の機能は、M&Aにおいて特に大切になります。それは、従業員の多くが自分の将来に不安を持ち、疑心暗鬼になる可能性が高いからです。今回は、企業内のコ ミュニケーションにおいて、労働組合が果たしている役割を整理することです。


大切な情報は現場にある

 大半の企業は、熾烈な市場競争にさらされています。企業の置かれている環境は常に変化するため、ある時点で最適だとされた施 策も、環境変化とともに最適ではなくなってしまいます。栄華を誇った企業が短期間のうちに業績を悪化させた例は、枚挙にいとまがありません。経営者は、常 に市場の変化を察知し、競合する他社の動向を読みながら次の施策を考える必要があります。

 次の施策を考えるために、経営者はさまざまな情報を収集しますが、最も有効な情報を提供してくれるのが自社の現場です。競合 他社と営業活動で鎬(しのぎ)を削っている営業担当者や顧客と会って技術開発について議論をしているエンジニアが持っている情報は、どんなコンサルタント 会社も提供できないような内容を含んでいます。

 では、現場の第一線で蓄積されている情報は、経営者に的確に伝わっているでしょうか。ピラミッド構造をした組織は、上から 下、下から上へ情報が流れるようになっているはずです。しかし、現実には、情報は至るところで滞ります。現場第一線の情報が経営者に上がっていくまでに、 多くの「関所=管理職」が待ちかまえているからです。各関所の管理者は、自分にとって都合の悪い情報が上にあがっていかないように止めてしまうのが普通で す。意識的にせよ無意識にせよ、階層の多い組織では、情報の流通スピードは遅くなるし、流通量も少なくなります。

 そこで、情報の流通スピードを上げて流通量を増やすために、フラットな組織が導入されることになります。しかし、フラットな 組織も万能ではありません。一人の人間が管理できる人数には限りがあるので、部長が100人の部下を直接管理するのは無理です。一定数の従業員をプロジェ クトチームとしてくくり、各チームにリーダーを置いて、仕事を進めることになります。フラットな組織にすると、情報の流量とスピードは上がるかもしれませ んが、構成員各自が情報の質を判断する能力が身に付いていないと、重要な情報を取り逃がしてしまうことになりかねません。また、フラットな組織はすでに一 人前になった人たちで構成されることが前提となっているので、経験の浅い従業員の育成には向いていないという指摘もあります。

価値基準の提示と必要な情報の流通

 情報は、単に流れているだけでは意味がありません。大切な情報とそうでない情報を選り分け、大切な情報については他の人の注 意を喚起するような流し方をしなければなりません。情報の流通には、必ず一定の価値観が反映されます。どの情報を、どういう構成で、誰に、どの媒体を使っ て、どのタイミングで流すかを誰かがあらかじめ決めておかないと、組織の中で必要な情報を的確に流すことは難しくなります。

 どの情報が大切かについての基準を決めるのは経営者です。経営者は、企業の目的とビジョンを明確にし、何をもって他社との差 別化を図るのか、どの点をわが社の競争力の源泉とするのかを、一般の従業員が理解できるように語りかける責務があります。企業理念を表現するときに難しい 言葉を使う傾向が見られますが、これでは現場第一線の従業員の行動指針にはなりません。たとえば、ヤマト運輸の小倉会長は「お客様のためになることであれ ば少々コストがかかっても実行するように」という指針を出していたそうです。宅配サービスを担う従業員は、大半の時間を一人で働いています。顧客からいつ もと違う対応を求められたとき、いちいち営業所長にお伺いを立てていたのでは仕事が進みません。そんなとき、小倉会長が出していた指針が役に立ったそうで す。そして、これがヤマト運輸の他社との差別化になり、競争力につながっていったと言われています。

 経営者が現場第一線から本当に得たい情報は、企業にとって都合の悪い情報です。たとえば、わが社の製品に何か問題が発生して いるとか、担当者の対応が悪かったために顧客からクレームが寄せられたとか、他社の製品・サービスに品質やコストで後れをとっているといった情報です。し かし、このような情報は、通常の職制のルートでは経営者まで到達しません。それは、普通の管理職は、自らの落ち度と見られるような情報はできるだけ上司に 知られないようにして、問題を解決してから報告したいと考えるからです。下のレベルで問題が解決されればそれでいいという考え方もできますが、大所高所か らその問題を見たとき、大きな問題の前兆になっている可能性があります。そうだとすると、経営者にとってその問題を直視することが何よりも重要なはずで す。

 しかし、1000人を超えるような大企業で、経営者が現場第一線の出来事すべてに目を通すのは不可能です。一定のルールの下 で下位の階層に権限を委譲し、それぞれのレベルで意思決定をすることになります。その際、何が大切か、守るべきものは何かが明確になっていなければ、質の 高い意思決定はできません。経営者が企業経営上の価値基準を示す必要性がここにあります。

大切な情報は伝わりにくいという前提から出発しよう

 企業内での情報共有を議論するとき、「大切な情報は伝わりにくい」という前提から出発することが有効だと思います。経営者の 意思決定にとって本当に必要な現場の情報は、なかなか経営者のもとに届かないことはすでに述べました。経営者が従業員に向けて発する情報も、正確に伝わっ ているかどうか疑問です。一つの理由は、経営者が使う言葉と現場の第一線で使われている言葉が必ずしも同じではないからです。また、経営者は会社全体のこ とを考えて言葉を発しますが、受け取る側は自分の職場を前提にして話を聞きます。すると、経営者の思いと現場の理解が食い違う危険性が出てきます。たとえ ば、「M&Aによって、わが社が強みとする分野に資源を集中する」と経営者が言ったとき、その分野からはずれた部門で働いている人たちは、「自分たちはリ ストラの対象なのか」と考えてしまいます。経営者はそういう意味で言ったのではないのに、一部の従業員が気を回しすぎて、仕事が手につかなくなり、その部 門の生産性が落ちてしまうことがあります。

 こんな状態を是正するのが管理職の責務であるはずです。経営者の話を自分の職場の状況に引きつけて理解し、部下に対して経営 者の言葉の持つ意味を説明するのです。しかし、管理職も勘違いをすることがあります。全社一丸となって困難に立ち向かわなければならないときに、それぞれ の構成員の理解がバラバラでは組織全体の力になりません。ましてや、M&Aという大きな変革のときにはなおさらです。いま何が必要なのかを、いくつかの経 路で確認できれば、誤解は少なくなるはずです。その際に大切な役割を担うのが労働組合です。M&Aにともなう従業員の不安をていねいに拾い上げ、経営者に 直接ぶつけて回答を引き出し、それを従業員に伝えます。この情報伝達ルートがあることで、社内のコミュニケーションの質は格段に良くなります。

 コミュニケーションとは、わかりあうためのプロセスです。労使間のコミュニケーションとは、放っておくと伝わりにくい情報を さまざまなルートを使って流し、本当の意図や気持ちを伝える努力の過程です。それには、組織の上から下、下から上への情報の流れだけでなく、必要な情報を 横に広げていくことも含まれます。伝言ゲームにならないように、ときには階層を飛び越えて当事者が直接会うことも必要になります。おかしいと思ったことを おかしいと言える組織であることも、良いコミュニケーションには不可欠です。

【電機連合メールマガジン2007年8月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール