M&Aと労働組合(7) 企業は誰のものか?

古くて新しい問題

 「企業は誰のものか?」という問いは、昔から繰り返し語られる話題です。20世紀になって株式会社が一般的になると、「所有 と経営の分離」が当たり前になりました。企業に資金を提供するのが株主であり、経営者は株主から企業の経営を委託されて利益をあげ、株主に配当を確保する ことで経営者自身も報酬を得るという構図ができあがりました。

 株式会社の場合、法的な所有権は株主にあります。経営者を誰にするかは、株主総会の議決によりますし、合併など経営上の重大事項は株主の同意を得 ることが法律で規定されています。また、何らかの理由で企業を清算するとき、資産などを売却して得た金額から負債を差し引いた残りが、株式数によって分配 されます。


 株主は、倒産によって出資金が水泡に帰すかもしれないというリスクを負って資金を提供しているのですから、そのリスクに見合ったベネフィットを受け取る 権利があります。第二次大戦後から1990年代はじめまで、日本の上場企業の株主は、株に対する配当にあまり興味を示しませんでした。それは、株価の上昇 によって株式自体の価値が上がるキャピタル・ゲインが大きかったからです。配当が少なくても、株価が上がるので、株主は十分利益を得ることができました。

 同時に、株式の持ち合いも配当に対する関心の低さに影響を与えていました。会社同士が株式を持ち合っている場合、ある会社が他社に対して「配当をたくさん出してほしい」と要求することは、そのまま自社に跳ね返ってくるため、表立って要求しないのが一般的でした。

 しかし、バブル期以降の株価の低迷と外国人株主の増加は、配当に対する要求を一気に高めました。安定的なキャピタル・ゲイン が望めなくなったとき、株主はリスクに対する見返りを配当に求めることになりました。外国人株主は、もともと配当に関心を持っていましたから、どれだけ利 益をあげられるかが企業経営上の重大な関心事になりました。また、株式の持ち合い解消もこの傾向に拍車をかけました。

ステーク・ホルダーの重要性

 これまでの説明は、出資された資金を使って利益を生み出すという企業の一つの側面を述べているに過ぎません。出資金に着目す れば、企業は株主のものになります。しかし、企業を経営していくには、従業員が必要ですし、顧客や取引先も大切な要素です。企業が立地している地域社会と の関係も無視できません。企業と利害関係にある組織や人をステーク・ホルダーといいます。資金がどんなにたくさん集まったとしても、ステーク・ホルダーの 協力なしに利益を生み出すことはできません。つまり、企業は株主だけのものではなく、利害関係者みんなのものというのが正しい理解になります。

 所有の側面に偏りすぎた見方をすると企業の本質を見誤ることになります。企業は単独では存在できません。従業員から支持さ れ、取引先から信頼され、地域社会に受け入れられて初めて、中長期の視野に立った経営を展開できるのです。株主の満足だけでなく、従業員、顧客、取引先な どステーク・ホルダーの満足を同時達成することが経営者に求められています。

所有権だけでは片づかない

 M&Aは、企業の所有権をめぐる行為ですから、当然、株式の取得が中心になります。話し合いで決まることもあれば、株式市場 での公開買付(TOB)によって発行済株式の過半数取得をめざすこともあります。どちらにしても、株式の過半数を押さえたところが企業経営の主導権を握る わけですから、熾烈な駆け引きが展開されます。

 所有権の去就が決まれば、次に重要になるのがステーク・ホルダーとの関係です。M&Aに対する理解を求め、これまで通りの関 係を続けてもらうように説得しなければなりません。中でも大切なのが、それぞれの企業の従業員の理解と協力です。所有権は比較的簡単に統合できますが、従 業員の気持ちを融合させるのは容易ではありません。従業員の気持が一つにならなければ、組織は力を発揮できません。

 所有面の統合だけに目を奪われているとM&Aは失敗します。企業は誰のものかという基本命題に立ち返り、ステーク・ホルダーの支持を得られる努力を重ねたM&Aだけが成功すると言っても過言ではないでしょう。

【電機連合メールマガジン2007年11月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール