M&Aと労働組合(8) 強い企業をつくるには…

経営者に現場第一線の情報を知らせること
 企業には、それぞれ持ち味があります。得意とする分野は、企業ごとに違うのが普通です。他企業との違いを鮮明にして、その企 業らしさを打ち出すことは「差別化」と呼ばれます。先行企業に勝つためには、その会社と同じような商品やサービスではなく、自社独自のものを作り出してい かなければなりません。

 自社にとって競争優位になる点は何か、他社との差別化はどの面で実現できるのか、といった点について冷静に分析し、自社の競争力を高めるように経 営資源を投入することが経営者に求められています。しかし、経営者も人間です。あらゆる情報を勘案して、意思決定することは不可能です。経営者に見えてい る世界は、しばしば一面的です。そこを補って、意思決定の質を上げてもらうように意見を戦わせるのが労働組合の役目です。

 経営者は、しばしば裸の王様になります。各部門の管理者は、自分が所管している部門の良い点だけ上に報告しようとします。問 題が発生している場合は、できるだけ隠そうとしますし、報告しなければならないときは、問題が解決してから経営者に報告しようとします。自分のミスを上司 に知られたくないという気持は、誰でも同じように持つものです。放っておくと悪い情報が入ってこなくなる経営者に、職場の実態を知らせ、正しい意思決定の ために活かしてもらうことは、労働組合しか果たせないと言えるでしょう。


わが社の競争力を見極めるには…

 東京大学教授の藤本隆宏氏が2003年に出版した『能力構築競争』(中公新書)を読むと、企業の競争力には「表層の競争力」 と「深層の競争力」があることがわかります。表層の競争力とは、外から観察可能な競争力で、価格、納期、品質、デザインなどです。私たちは、この表面に現 れた競争力に目を奪われがちです。多くの企業は、同じ品質のものを他社よりも安く作れば競争力が高まると考え、コスト競争に走っています。確かに、コスト は競争力の重要な要素ですが、競争力のすべてではありません。「高いけれども、こちらのデザインが好きだからこの会社の製品を買う」という消費者はたくさ んいます。ブランドものの鞄や時計などがその例です。

 この表層の競争力は、わかりやすいがゆえに、その会社の社員も「それがわが社の競争力だ」と思ってしまいます。しかし、表面 に現れた競争力は、それだけで存在するものではありません。価格や納期、品質などを組織の中の深いところで支えている要素があるからこそ、表面に現れた競 争力が維持できるのです。それが「深層の競争力」です。

 具体的には、開発に必要とされる人員数と時間、実際の生産に必要とされる人員数と時間、トラブル処理の手法、顧客情報など、 組織の中に蓄えられているさまざまなノウハウや情報のことです。これは、外から見えにくいだけでなく、内部にいる人も認識していないことがよくあります。 それゆえ、表面に現れた競争力を強化するために、それを深いところで支えている競争力を弱める施策をとってしまう場合があります。

 例えば、コストを下げるために、一部の業務を外注化する場合を考えてみましょう。外注化すれば、確かに一時的にコストは下が ります。しかし、外注化した部分の業務が、全体の業務の中でどのような位置にあるのかを見極めておかないと、数年後のコスト上昇になって跳ね返ってくるこ とがあります。一見、独立しているように見える業務でも、その中に高度な業務との関連性が濃い部分がある場合、その単純な業務を経験しておかないと高度な 業務を担当できないケースがあります。

 あるいは、外注化した業務でトラブルが起こったとき、外注化の直後はその業務内容を知っている人が本体の中にいるので、業務 全体との関連の中でトラブルの原因究明と対策を打つことができます。しかし、外注して5年くらい経つと、その関連性を理解している人が定期人事異動などで いなくなります。すると、トラブルへの対応に多くの時間を費やし、顧客の信頼を失うことにもなりかねません。競争力を表層と深層の両面からとらえ、自社の 競争力の源泉はどこにあり、競争力を高めるには何を大切にすべきかについて、確かな見識を持っていることが重要です。

経営者に苦言を呈することも労組の責務

 経営者が目先の利益を追い求める結果、深層の競争力を損なうような経営施策を出してきたとき、労働組合は意を決して止めなけ ればなりません。M&Aは、市場シェアの拡大につながり、企業競争力を高めるように見えますが、深層の競争力に悪影響を与える可能性もあります。 労働組合は、現場からの発想でM&Aをとらえ、自社の競争力の向上に本当につながるのかを判断することが必要です。

 しばしば、労使は車の両輪だと言われます。片方の車輪(経営側)が誤った方向に行こうとするとき、それを押しとどめて正しい 方向に向けさせるのは、もう一方の車輪(労働組合)の重要な責務です。わが社の深層の競争力は何かをはっきりと認識し、それを育てることが労働組合にも求 められています。

【電機連合メールマガジン2007年12月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール