M&Aと労働組合(8) 再び企業価値を考える

企業はカネの結合体であると同時にヒトの結合体である


 この連載の第2回目で企業価値について考えました。そこでは、主に企業の金銭面での価値をどう測るかを述べました。ある企業が将来にわたってどれくらい の利益を稼ぎ出すかを一定の条件を置いて計算し、その金額が株式の時価総額(発行済み株式総数に一株当たりの価格をかけて求められた金額)よりも高いと き、その企業は「お買い得」だと判断されるという説明をしました。


 企業は、カネの結合体であると同時にヒトの結合体だと言われます。企業価値をお金の面だけから見ると、企業の全体像は見えません。企業には従業員が働い ており、必要なモノやサービスを納入してくれる取引先があり、作り出した財やサービスを買ってくれる顧客がいます。どれ一つ欠けても、正常な企業活動はで きません。企業活動に関わっている人や組織をステークホルダーと言いますが、それぞれに様々な思いを持って、日々行動しています。カネだけでは測れないも のを企業という組織は持っているのです。


企業価値は一つの指標で測れない

 日本で活動している企業は400万社以上あると言われています。その中で上場されているのはごく一部です。東京証券取引所に は、第一部、第二部、マザーズという3つの区分があり、合計2415社の株式が取引されています(2008年1月4日現在)。証券取引所は、東京の他に、 大阪、名古屋、福岡、札幌、ジャスダックの5カ所がありますが、そこに上場されている企業をすべて合わせても4000社に満たない数です。日本で活動して いる企業の0.1パーセント程度しか「上場企業」ではないのが現実です。

 株式市場に上場していないけれども好業績をあげている企業はたくさんあります。サントリー、電通、大塚製薬、竹中工務店、ヤ ンマーなどがその例です。日本では、「上場企業=いい会社」という思い込みが一部にありますが、上場していることは企業の性質の一部でしかありません。

 企業が多様な顔を持っていることに注目すると、企業の価値も複数の指標で測ることが適切だと言えます。例えば、1万人を雇用 して100億円の利益をあげているA社と1千人を雇用して200億円の利益をあげているB社を比べたとき、一般にはB社の方が「優れている」となります。 しかし、その企業が何人の生活を支えているかという基準で見ると、A社の方が「すごい」となります。従業員とその家族を合わせれば約3万人の生活を支えて いるからです。

企業が社会に提供できる価値

 広い意味での企業の価値は、その企業が社会に提供できるものは何かによって決まると言えます。どんなに利益をあげていたとし ても、人々を幸せにしない活動をしている企業は誰も「いい会社」だと思いません。ひと頃話題になった村上ファンドを思い浮かべていただければいいと思いま す。逆に、利益は少ないけれども、その会社の製品・サービスが人々の暮らしを豊かにしていれば、その会社はまぎれもなく「いい会社」です。このメールマガ ジンを読んでいただいているみなさんがお勤めの会社は、「いい会社」ですよね。

 最近、経営者はCSR(企業の社会的責任)をよく口にします。法令や社会規範をちゃんと守らないと企業活動ができなくなる し、優秀な人材を集めるためにも「世間の評判」は大切です。しかし、経営者が語る社会的責任には、どうも迫力がありません。後ろ向きというか、世間からた たかれないように防御しているとしか見えないからです。

 私は、最大の企業の社会的責任は、右も左もわからない若者を雇って一人前の職業人に育て上げることだと考えています。 1990年代半ば以降、日本の雇用構造は大きく変化しました。それまで、正社員と非正社員の比率は80対20でしたが、2007年には70対30になり、 非正社員が大幅に増加しました。ある目的を持って非正規社員(例えばフリーター)をしている人もいますが、正社員になれなかったので、やむなく非正社員と して働いている人も少なくありません。

 日本社会は、人口減少局面に入りました。人口が減っていく中で国力を維持するには、一人当たりの生産性を上げる必要がありま す。人は、適切な訓練を受ければ、高い生産性を発揮できるようになります。最初からすばらしい仕事ができる人材は限られています。大半の人は、企業の中で 上司や先輩から指導されて、能力を高めていくのです。

 正社員は、長く働くことを前提に雇われているからこそ、先輩たちは「何とか一人前にしなければ…」と考え、めんどうな指導を 引き受けます。短期間のうちに去っていく非正社員には口うるさいことは言いませんし、時間と労力をかけて育てようともしません。つまり、非正社員は、いつ まで経っても、仕事上、本当に必要とされる能力を身につける機会が与えられないことになります。若者を正社員として雇い、社内でしっかり訓練して一人前に 育てることは、社会に対して大きな価値を提供していることになります。

労働組合の責務

 最近の経営者は、とても短期的な行動をとるようになっています。目先の利益を増やすために、できるだけコストを下げようとし ています。人件費も削減の対象となっているため、正社員を少なく抑えて非正社員をたくさん使おうとします。1年、2年であればそれでも何とか対応できるで しょうが、5年後、10年後の競争力を考えたとき、明らかに問題が発生します。

 経営者が短期志向に走っている今こそ、労働組合は中長期の利益を強調しなければいけません。一時的に利益が減ることになったとしても、正社員を定期的に雇用し、内部で育成し続けることを経営側に要求する責務を負っています。

 企業のことだけでなく社会全体のことも視野に入れながら行動するのが労働組合の特徴です。企業価値は多様であることを知り、社会から信頼され尊敬される企業になるように経営側に働きかけていただきたいと思います。

【電機連合メールマガジン2008年1月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール