M&Aと労働組合(10) 従業員(組合員)の幸せを実現するために

 この連載も今回で最終回になりました。M&Aのときに労働組合はどう対処したらいいのかを考えることがこの連載のテーマでしたが、M&Aだけにとらわれ ず、経営を良くしていくために労働組合として何をしなければならないかについても考えてきました。最終回を迎えるにあたって、労組に求められている役割に ついて、もう少し述べておきたいと思います。

 労働組合の役割というと、労働条件の維持・向上、雇用保障、組合員へのサービス提供の3つが言われてきました。よく考えると、これらはすべて「手 段」であって目的ではありません。これらの手段を使って実現したいのは、組合員の幸せです。労働条件が良くなれば組合員は快適な状態で働けるようになり、 幸せを感じる人が多くなります。雇用が守られることは安心につながり、これも幸せを構成する一要素です。生活に必要なサービスを労働組合が提供してくれれ ば、幸せを実感することができます。すべては、組合員の幸せ実現のために労働組合は活動しているのです。

 幸せは主観的なものです。同じ状態にある人が、全員、幸せを感じるとは限りません。だから、労働組合活動は難しいのです。労 働組合にできることは、多くの人が幸せだと感じられる状態を実現することです。そのためには、企業の経営がしっかりしていなくてはなりません。良い経営を するために労働組合ができることの一端は、第4回目に「経営側に見えていない側面を指摘する」と題して述べました。今回は、会社を元気にするために労組が できること、全体最適達成のために労組が担う役割の2点について述べてみたいと思います。

会社を元気にする = 業績が悪いときこそ労働組合の力が必要


 会社の業績が悪くなると、従業員に活気がなくなり、社内の雰囲気が暗くなってきます。営業部門は、「製造部門がいいものを作らないから売れないんだ」と 不平をもらし、製造部門は「オレたちはいいものを作っているのに営業に力がないから売れないんだ」と批判します。社内でこんなことをしていたのでは業績が 上がるはずがありません。


 苦しい状況からどのように脱出するかを示すのは経営者の仕事ですが、経営者任せにしておけばいいとは限りません。社内に不協和音があるとき、それを解決することは労働組合にもできます。ある企業の例をお話ししましょう。


 味の素ゼネラルフーズ(AGF)では、1990年代終わりに企業業績が悪くなったとき、営業部門と製造部門の対立が起こりました。AGF労働組合は、組 合員に呼びかけて、有給休暇を取ってお互いの職場を見ようというキャンペーンを張りました。製造担当者は営業と一緒に顧客回りをし、営業担当者は製造現場 で働きました。その結果、お互いの仕事のたいへんさがわかり、協力して難関に立ち向かおうという雰囲気ができあがったといいます。このような活動は、労働 組合だからこそできることです。


 企業経営には、浮き沈みがあります。沈んだときに一刻も早く浮き上がるには、従業員の力を結集する必要があります。企業がM&Aに直面したときも同様で す。労組に何ができるかを考え、知恵を働かせておもしろい活動を展開することで、経営の質を上げ、どんな状況にも対応できる企業体質にすることが可能にな ります。

全体最適と個別最適の調和


 最近の経営者は、株主からの要請に対応するため、目の前の業績を高くすることに汲々としているように見えます。例えば、人件費を抑えるために、正社員で はなく、パート、派遣、請負といった有期雇用社員を多用しています。このような経営側の行動は、短期的には業績向上に貢献しますが、中長期的に見ると、そ の企業の競争力を落としてしまう危険性があります。現在の仕事分担があと3年も続くと、自社の競争力を支えている技能・技術・ノウハウが社内で継承され ず、重大な競争力不足に陥るのではないかという懸念は多くの従業員が共有するところです。

 新規学卒者や未経験者を正社員として雇い、企業内でのOJTを通して一人前の職業人に育て上げていくのは、コストと時間と手 間がかかるめんどうな事業です。しかし、そういう人たちを育てていかないと、その企業の持っている競争力は、早晩枯渇してしまいます。労働組合は、経営に 対して、中長期の視点を持って正社員を雇い、内部で育成するように働きかけなければなりません。

 正社員を育てていくことは、日本全体の購買力を維持していくことにもつながります。2004年3月にUFJ総研(当時)が発 表した試算によると、正社員の生涯所得は約2億1500万円なのに対して、フリーターは約5200万円にしかなりませんでした。その差1億6000万円 は、そのまま購買力の差となって現れてきます。短期の視点で経営をしていると、自社が作ったものを買ってくれる消費者がいなくなる可能性があるのです。個 別最適ばかりに目を奪われるのではなく、全体最適も同時に達成できるような行動が労働組合には求められています。

 M&Aは、しばしば短期の業績向上を求めて行われます。ブランドや市場、顧客を瞬時に手に入れられることはとても魅力的で す。でも、それが中長期の発展に寄与しなければ何の意味もありません。今日の五十よりも明日の百を求める経営が従業員(組合員)の幸せにつながります。全 体を見ながら個別の意思決定をする視野の広さが労働組合には求められています。

【電機連合メールマガジン2008年2月】

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール