検証日本企業の人事 第1回 将来見据え人材育成を

 かつて、日本企業は長期志向の経営を行うが、アメリカ企業は短期志向だと言われた。また、日本企業は人材育成に熱心だが、アメリカ企業は人材を使い捨て にすると言われた。しかし、バブル崩壊後の不況の中で、日本企業は時間をかけて人を育てる余裕をなくし、人件費を減らすために人員削減を押し進めた。企業 が倒れかかったとき、あらゆる手段を使って食い止めようとするのはやむを得ないことである。緊急避難としての人件費削減は不可避だった。

 しかし、経営危機が去ったあとも、人件費に対する圧力は弱まらなかった。ここ10年間の株式市場の「改革」が人件費抑制に拍車をかけた。四半期ご とに株主に経営状況を報告することを求められた上場企業の経営者は、株価に良い影響を与える材料を作り出すために、短期で結果が出る施策を重視するように なった。


 人材育成には時間と労力がかかる。今日の施策が実を結ぶのは、半年後かもしれないし、三年から五年後かもしれない。そんなに長い間、株主は待ってくれな い。すぐに結果の出る施策が重視されるようになっている。「日本企業は長期志向でアメリカ企業は短期志向」という対比は、もはや意味をなさなくなった。

 経営者は、異口同音に「人が競争力の源泉だ」と言う。しかし、具体的な行動を見ると、人を大切にしているとは思えないことが 多い。正社員をできるだけ少なくして、パートや契約社員といった短期雇用の人たちを多く使う。職業経験のない若者を雇ってじっくり育てるのではなく、すで にどこかの企業で育てられた人材を採用して、当面の労働需要を満たそうとする。

 この経営者の行動に追随しているのが人事部である。かつて人事部は、経営者と従業員の間に立って、時には経営者をいさめ、時 には従業員を叱咤激励して、企業価値の向上に貢献してきた。しかし、最近の人事部は「御用聞き」に成り下がっている感がある。経理部から「人件費が多すぎ る」と指摘されると、「はい、わかりました」と人件費削減に協力する。経営企画部から「もっと柔軟な人員配置をすべきだ」と言われると、代替が容易な外部 人材を多数投入する。「人事部としての気概や哲学はないのか」と歯ぎしりする思いでいるのは、筆者一人ではないはずだ。

 人件費は、単なる費用ではなく投資の側面も持っている。将来必要とされる人材は、今から育てておかなければ、いざというとき に臍をかむことになる。本当に必要な人材を労働市場から調達するのは案外難しいからである。中長期の視点で人材の育成と配置を考えるのが人事部の役割であ る。経営者の短期志向とぶつかったとき、経営者を説得し、優秀な人材を守るのが人事部の務めである。

 日本企業が競争力を高めていくために、人事の分野で何をしなければならないかを考えるのが今回の連載の目的である。日本が持つ本当の強みを再認識し、それを育てていく企業経営のあり方を検討したい。

(東京新聞夕刊連載「検証日本企業の人事」第1回 2008年6月24日掲載)

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール