結晶作用を起こす人材マネジメント

 製造の世界では、ジャストインタイムは常識であり目標である。必要なときに、必要なものを、必要なところに、必要な量だけ届けるのが理想とされ る。確かに、これができれば、様々なムダがなくなり、企業経営は安定する。しかし、現実にジャストインタイムを実行するのは難しい。自動車製造でいえば、 最終組立メーカーでは可能でも、部品メーカーには少々きつい要求だと言われる。それは、部品の納入時間に合わせて生産しようとしても、機械の段取り替えに 要する時間を考えると、結局は作り置きした方が効率がいいからである。


 人材の分野でも、ジャストインタイムが言われることがある。「必要な人材を必要なときに外部から調達できれば、機動的な経営ができます。そのお手伝いを するのが私たちです。」人材紹介会社は、こんなコピーで顧客を獲得しようとする。しかし、人材のジャストインタイムは本当に可能だろうか。ものづくりの世 界で難しいとされることが、人材の分野でできるのだろうか。

 企業に対する市場の要請は、日々変化する。これまで実績を上げてきた分野なら、いくらでも対応方法があるが、異なる分野とな るとすぐに対応するのは難しい。そこで、外部に人材を求めることになる。これが前回述べた「即戦力」である。他社で経験を積んだ人を採用して、新しい分野 で力を発揮することを期待する。

 では、外部から採用してきた人材だけで新しい事業が興せるかというと、現実はそんなに甘くない。もともとその企業で養成されていた人材がいて、一定の能力を蓄積したところに外部人材が入ることによって新規事業が動き始めるのである。

 現在、日産自動車の役員を務めておられる中村史郎氏は、1999年にゴーン氏からの要請を受け、長く勤務したいすゞ自動車を 辞めて日産自動車に移った。彼は、デザイン本部長として、復興を目指す日産車のデザインを統括する役割を担い、矢継ぎ早にヒット車を生み出していった。中 村氏が最初からデザインに関わった車種がどれかは特定しにくいと言われるが、彼の移籍後、日産車のデザインは大きく変わり、消費者に受け入れられるクルマ をつくる会社になった。

 日産がおもしろいクルマをつくるようになったのは、中村氏一人の力ではない。もともと日産の中にあったデザイン力が、中村氏 の参加によって花開いたのである。これは、ちょうど、ある種の物質が含まれた溶液に核を投入すると結晶ができる現象に似ている。溶液の中にたくさんの物質 が溶け込んでいれば結晶は大きく成長するが、溶け込んでいる量が少なければ結晶は小さいままで終わってしまう。組織で言えば、もともとその会社の中にどれ だけ優秀な従業員がいるかで、新規事業の成否が決まることになる。

 外部人材は必要である。しかし、外部人材だけに頼った新規事業はあり得ない。既存の従業員を大切にし、彼(女)らの能力をふだんから高めておくことが新規事業の土台をつくる。大きな結晶を育てるには、地道な人材育成しかないことを人事担当者は肝に銘じなければならない。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール