約50年前に定められ、日本経済の成長を支えてきた生産性三原則が、いま、崩壊の危機にある。それは、生産性三原則の基盤となってきた社会関係が急速に劣化してきているからである。
一九九〇年代半ば以降の深くて長い不況の中で、非正社員が大幅に増加した。雇用労働者に占める非正社員の割合は、この一五年の間に約一五ポイント増 加し、三五パーセント程度になった。雇われて働いている人の三人に一人が雇用期間に定めのある人たちになったのである。昨年秋以降の不況は、非正社員の雇 用を直撃し、多くの人が職を失った。
雇用保障があるからこそ、人は少々苦しいことがあっても耐えて頑張れるのだし、その企業のために知恵を出そうと努力する。い つ雇用が途切れるかわからない状況では、とりあえず目の前の利益を求めることになり、中長期の視点で得になることに力を使わなくなる。企業も、長期で雇う ことを前提としている人には教育訓練にお金を使うが、期間に定めのある従業員には訓練費用を出したがらない。かくして、日本社会の財産である人材が、その 能力を十分に開発されることなく浪費されてしまう。これは、日本の競争力低下を引き起こす。
労使の協調と協議という原則も形骸化に直面している。労働組合の組織率が低下し、五人に一人しか労組に加入していないという事実がある。労使の協議は、 労働組合のない企業でも行われているが、その実施率は労組のある企業に遠く及ばない。労働組合がなければ労使の協議もないと考えた方が実態に近い。
問題はそれだけにとどまらない。労組のある企業でも、労使の協議が十分に行われていないという状況が散見されるからである。労使の代表が毎月会って意見 交換する場は設定されており、情報共有はなされている。しかし、そこで展開される議論の質が問題だ。労働組合は、経営側が気づいていない現場の実態を指摘 し、より質の高い意思決定を迫る責務を負っているが、そのような議論ができている労組は徐々に減っている。経営側にとって耳の痛いことを言えない労働組合 の増加は、労使協議の質の低下を招いている。
三つ目の原則である成果の公正な分配も、ここ一〇年間に実施された株式市場の制度変更によって危うくなっている。橋本政権下で始まった「金融ビッグバ ン」は、株式市場をアメリカ型に変えてきた。上場企業に短期の業績成果を求め、株主への配当が大幅に増やされた。労使が知恵を出し合って生み出した利益 が、従業員ではなく株主により手厚く配られる状況は、従業員の志気にマイナスの影響を与えている。株式市場の変化は、雇用の不安定化にもつながっている。
生産性三原則は、いま存亡の危機にある。まず、この事実を認識することが重要である。雇用の安定は社会の安定につながり、労使の協議は質の高い経営をも たらす。成果を生み出した従業員にまず報いるという配分原則は、人材の質の向上につながる。日本の競争力を強めるには、生産性三原則が確実に実行されるこ とが必要不可欠である。アメリカ発の金融危機とそれに伴う不況を克服していくには、日本型の良さを認識し、それを守り育てるしくみを再構築することが重要 である。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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