ダイバシティマネジメントは企業を強くする

社会の変化とダイバシティ
 いま、日本社会の構成員が着実に変化している。高齢社会の進展は、社会の第一線で活躍する高齢者が増えることを意味するし、 出産・育児を経験しながら働き続ける女性の増加は、男性中心社会の価値観に大きな疑問を投げかけている。また、日系人をはじめとする外国人労働者の流入 も、構成員の変化に拍車をかけている。

 社会の構成員が多様化することを、日本人は、期待と不安の両方を抱きながら受け止めようとしている。多様性が増すことは選択肢の広がりを意味し、 文化的にも豊かな社会になることを予感させる。他方、これまで普通に使っていた言葉が通じなかったり、正しいと信じてきたことが必ずしもそうではないと言 われたり、とまどう場面も多くなる。構成員の多様化は、一つの価値判断でものごとの是非を論じられなくなることを意味する。互いに相手のもつ価値観を尊重 し、違いを認めた上で共通の理解を得るように努力することが求められる。日本社会は、大きな変化のうねりのまっただ中にある。

 私たちは、多様性の増大がもたらすプラスの側面に注目し、多様性は社会の豊かさを高めていく可能性を持つことを表現するため に「ダイバシティ」という言葉を使うことにした。この報告書において「ダイバシティ」と言うとき、そこには、社会構成員ひとりひとりの価値を認め、互いに 協力し合うことによって、よりよい社会の実現をめざすという意味が込められていると理解していただきたい。ダイバシティは、変わりつつある日本社会をより よい方向に持っていくために必要なものであり、社会は企業に対してダイバシティ・マネジメントの実践を要求していると考えられる。

 社会構成員の変化は、市場の変化をもたらす。昨日まで売れていた商品が突然売れなくなったり、10年前には想像できなかった ようなことがビジネスになったりする。市場の変化を予測することの難しさは昔も今も変わらないが、変化のスピードという点では、現在の方が格段に速くなっ ている。日々刻々変化する市場の動きを敏感に感じ取り、適切に対応するにはどうしたらしいのか―多くの企業が頭を悩ませる問題である。

 日本社会のこれからを考えるには、他国の経験を鏡とするのが一つの方法である。そこで、私たちは、アメリカを訪問し、アメリ カ企業の実態を調査することにした。社会構成員の多様性という点で、アメリカ社会は多くの経験を積んできた。移民によって成り立ってきたアメリカは、もと もと多様な社会であったが、現実には、長い期間、白人男性を中心とした価値観が支配的であった。そこに大きな変化が現れるのが1960年代の公民権運動で ある。人種差別の撤廃から始まった運動は、性差別、年齢差別と進み、今では構成員の多様性を積極的に認める方向、すなわちダイバシティ重視に進んでいる。

 今回、ダイバシティ先進国としてのアメリカを訪問し、アメリカ企業4社とNPO法人1組織でインタビュー調査を実施することができた。その結果、次の3点が明らかになった。

(ア)より多くの従業員が自分たちひとりひとりに価値があると思えることが、組織変革の支えとなること、
(イ)ダイバシティ・マネジメントは、組織にとって何が必要かを知らしめるきっかけとなること
(ウ)ダイバシティ・マネジメントは組織変革のツール、これまでのしがらみを超えて新しい変革を推進する力となること。

 私たちは、今回の調査から得られた知見をもとに、以下の3つの点を提言することにした。

 

【提言1】ダイバシティ・マネジメントは企業の変化対応力を高める

 市場環境が変わったとき、その変化を敏感に感じ取り、従業員の行動を変えていくことができれば競争において優位に立てる。企 業が市場の変化を感じとるには、変化に対して敏感な従業員の存在が欠かせない。様々な価値観を持った従業員を社内に持っていることは、その企業が変化に敏 感になる可能性を高める。

 会社の行動様式を変えようとすると、抵抗は大きい。しかし、変われなければ企業の存続が危なくなる。業績が大幅に悪化すると いった外的ショックがあれば変化は早まるが、できることなら、大きなショックに陥る前に行動を変えたい。その一つのきっかけになり得るのがダイバシティで ある。

 ダイバシティ・マネジメントは、法令遵守から始まるのが一般的である。男女雇用機会均等法が施行されたから女性の登用を考え ざるを得ないとか、高年齢者雇用安定法が改正されたから65歳までの雇用の場を確保しなければならないとか、変化の最初は「仕方なく対応する」ことであ る。その意味においては、アメリカ企業も例外ではない。しかし、多様な従業員を社内に抱え、各人に活躍の場を提供することが企業経営にとってプラスの効果 をもたらすことに気がついた時点から、本当の意味でのダイバシティ・マネジメントになっていく。最初は、おっかなびっくりでもかまわない。まずは、始めて みることである。

 

【提言2】ダイバシティ・マネジメントは従業員のやる気Will to Winを高める

 ダイバシティを進めていくことは従業員の満足度を上げ、リテンション(従業員の転職防止)に寄与する。従業員がやめていくこ とは企業にとって大きな損失である。従業員が自分の価値を認められていないと感じたとき、その会社を去ることを考える。高い潜在能力を持っている人が偏見 によって活躍の場を与えられないとすれば、それは企業経営上、大きなマイナスである。

 人は、自分の価値を認められたとき、存在感を感じ、やる気Will to Winを持つ。外見に現れた違いや、考え方・価値観の違いで従業員を区分していると、有能な人材の活用につながらないばかりか、そういった人材を取り逃が してしまうことになる。個々の従業員を輝かせるための有力な手段になるのがダイバシティ・マネジメントである。

 個々の従業員が活かされていると感じて働いていると、その企業は、いろいろな面で強さを発揮する。変化を感じ取る力、変化に 対応する力、変化を恐れずに立ち向かっていこうとする力が企業の中で高まり、外的なショックへの適応力が高まる。これは、まさに、企業競争力の強化につな がる。

 

【提言3】ダイバシティ・マネジメントは企業の創造力を高める

 企業の競争環境が変化したとき、それに対応した施策が打てなければ、競争に負けてしまう。競争に強い企業にするには、常に新 しいものを創り出す力=創造力が必要である。創造力の源泉は従業員である。どんなに最新鋭のコンピュータを並べても、それを使いこなせる従業員がいなけれ ば何の意味もない。従業員が創造力を発揮できるような環境をいかに作るかが、経営者の最大の課題である。

 創造力の向上にとってダイバシティが果たす役割は大きい。多様な考え方・価値観を持っている人が集まってきて、互いに刺激し 合うところから新しいものは生まれる。組織も人も、過去の成功体験にとらわれやすい。しかし、過去の成功は未来の成功の妨げになることがしばしば起こる。 「成功体験の落とし穴」にはまらないためには、成功体験を異質な目で見て率直に批判してくれる人たちが必要である。おかしいことをおかしいと言える雰囲気 を組織内に作りだし、常にイノベーションを起こしていける組織にするために、ダイバシティ・マネジメントの果たす役割は大きい。

 

ダイバシティ・マネジメントは持続的変革の原動力

 ダイバシティ・マネジメントには、「ここまでできれば終わり」というゴールはない。それは、ダイバシティ・マネジメントは、 道具であって目的ではないからである。企業経営とは不断のイノベーションである。イノベーションには、道具立てが必要であり、ダイバシティ・マネジメント はその一つの有力な手段になり得る。

 ダイバシティ・マネジメントを進めていくには、経営トップの決断と明確な意思の表明が不可欠である。多くの従業員にとって、 これまで慣れ親しんできたことを変えるのはとても難しい。頭ではわかっていても気持ちがついてこないのが実情である。アメリカ企業においても、陰に陽にさ まざまな抵抗が発生し、逆戻りの危機を何回も経験している。そのような逆戻り現象を阻止する上で有効なのが、経営トップの明確な意思である。ダイバシ ティ・マネジメントの推進がわが社の競争力向上につながることを従業員に繰り返し語りかけ、従業員のマインドを変えていく―これができるのは経営トップし かいない。

 その上で必要となるのが具体的な目標の設定である。目標を作らないと組織は動かない。目標を達成していく過程で、経営が変わ り、組織が変わり、従業員が変わっていくことをねらっているのである。言い換えれば、ダイバシティ・マネジメントは、企業風土を革新し、時代の変化にあっ た組織に変えていく原動力となる。

 社会が変わるにつれて、企業も変わっていく。しかし、すべての企業が一気に変わるわけではない。変革にいち早く取り組む企業 もあれば、古い仕組みから脱却できずにもがいている企業もある。ダイバシティ・マネジメントの重要性にいち早く気づき、それを実践してきた企業は、新たな 企業風土をつくることに成功し、社会変革の中核的存在になり得る。ダイバシティ・マネジメントに前向きに取り組む企業こそが、これからの社会で確固たる地 位を得ることができると言えよう。

ダイバシティマネジメント

(2005年5月末、KPC訪米調査団報告の「提言」として執筆)

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール