意思決定の時間軸を長くとる

 企業経営とは、意思決定の連続である。どちらかに決めなければならないことが連続的に発生する。経営者は、その時点で最も望ましい決定をしようとする。 想定される状況を勘案し、最適な案を選択する。しかし、企業を取り巻く環境条件は、毎日のように変化する。今日最善の決定だったとしても、明日には他の案 が最善になることは日常茶飯事だ。では、状況がはっきりするまで決定しなければいいかというと、それはそれで問題である。状況が判明してから決めたので は、競争相手に後れをとることになるからである。かくして、意思決定は、常に不確実な状況を残しながら行われていく。


 意思決定は、場当たり的に行われるのではない。目指すべき状態を実現するために、日々の意思決定がある。この「目指すべき状態」をどれだけの時間の長さ で思い描くのかによって、採用すべき案が変わってくる。半年後の状態なのか、1年後なのか、あるいは3~5年後なのかによって、「最善」の状態が異なるか らである。


 1年後に最善を目指す案と5年後に最善を目指す案が同一線上にあれば問題ないが、両者はしばしば対立する。例えば、新製品投入のタイミングである。大衆 商品の場合、年末商戦やボーナスに合わせて投入するのが一般的だ。いま、開発中のある製品が50%程度の完成度だったとする。今期の売り上げを取りにいく のなら、50%の出来のものでも製品化して市場に投入するという意思決定になる。他方、息の長い商品として育てていくのなら、80%くらいの完成度に達す るまでじっくり待ってから市場に出す方が望ましい。


 これら二つのうちどちらが正しいのかは、時間が経ってみないとわからない。50%の完成度でも、新しい市場を開拓することに成功すれば、顧客の支持を得 て、息の長い商品になるだろう。しかし、完成度が低いことが消費者に嫌われれば、泡沫商品となるかもしれない。他方、完成度を高めようと時間をかけた結 果、時代の流れに取り残されてしまって、製品化したときには市場はなくなっていたということも起こりえる。

 ヤクルトの製品の中に、蕃爽麗茶がある。血糖値が気になる人々に愛飲されているが、この商品は、市場に投入してから売れるよ うになるまで2年以上かかった。清涼飲料の世界では、新製品として発売してから1か月が勝負だと言われる。にもかかわらず、ヤクルトは2年以上も辛抱強く 売り続けた。いい商品をじっくりと売っていくのがヤクルトの売り方だそうである。これも意思決定の時間軸をどれくらいの長さにするかという点と関連してい る。

 時間軸の長さが最も問われるのが人材の採用である。今期の利益最大化を目指すのであれば、目の前の課題を達成してくれる人 材、すなわち他社で経験を積んだ人を採用することが最善である。しかし、10年後に花開く事業を目指すのであれば、新卒者を採用して社内でじっくり育てた 方が良い場合が多い。人材の育成には時間がかかる。性急に結論を出そうとすると、あまりいいことはない。辛抱強くじっくり育てることが肝要である。

 しかし、最近の経営者は、辛抱強さを失っている人が多い。これは、株式市場からの要請が影響していると考えられる。橋本政権 下で始まった、いわゆる金融ビッグバンは、わが国の株式市場をアメリカ型に変えてきた。上場企業には、四半期ごとの業績開示が義務づけられ、株主への配当 を重視する傾向がますます強くなっている。目先の業績を高めるために、50%の完成度の開発品を無理やり新製品に仕上げて、市場に投入することになる。

 それとともに、自分の在任中に業績を上げておきたいという経営者の思惑も見過ごしてはならない。社長在任中に一定上の利益を 上げておけば、退任後に会長になれるし、その後の相談役や顧問という地位も保障される。社長の時に大赤字を出してしまうと、老後の行く先を失ってしまうこ とになりかねない。
1980年代までは、「日本企業の経営は長期志向で、アメリカ企業は短期志向だ」という説明が成り立った。しかし、2000年以降は、この類型化が通用しなくなっている。日本企業の経営も、短期志向に変わってきたからである。


 短期志向の経営は、雇用の不安定化を招き、社会の安定を損ねる要因となる。雇用が保障されているからこそ、従業員は果敢にリスクの高い分野に挑戦しよう とし、新しいものを生み出してくれるのである。1年、2年の単位でなく、5年から10年の単位で損得を判断する経営の方が、結果として果実は大きくなる。
いまの日本企業に求められているのは、意思決定の時間軸を長くとることである。そして、政治家は、そのような企業行動を支援する制度を作る責務を負っている。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール