3つの対話が労組の存在感を高める(3)

3.経営との対話
経営との対話の実態


 経営者は、しばしば「裸の王様」になる。通常の経営組織では、都合の悪い情報は上に流れないのが一般的なので、経営者のもとには「いい情報」しかあがっ てこないからである。この弊害を少なくすには、労働者の声を経営者が直接聞く場が有効である。第一線で働いている従業員が疑問に思っていることや、こうし た方がもっと上手くいくと考えていることを収集し、企業経営に反映した方が得策である。その一つの方法が労使協議である。


 厚生労働省が5年おきに実施している『労使コミュニケーション調査』を見ると、労使協議は、1990年代半ば以降、衰退傾向にある。1972年の第1回 調査では60%を超えていた労使協議機関の設置割合が、1989年58.1%、1994年55.7%、1999年41.8%と低下し、2004年には 37.3%になった。事業所に労働組合があれば、2004年でも85.0%という高い設置率になっているが、労組のない事業所では調査のたびに設置割合が 低下し(1989年38.7%、1999年17.1%)、2004年には15.0%になった。

 労働組合のない事業所での設置率低下は、労働組合の社会における存在感の希薄化が影響していると考えられる。希薄化の現れの一つが組織率低下である。 1975年以降30年以上にわたって、労働組合に組織されている労働者の割合は低下している。1994年まで対前年で増加していた組織人員数も、1995 年に減り始め、2006年には1004万人になった。ピーク時の1270万人(1994年)に比べると、実に264万人減少したことになる。

 労組の存在感が小さくなっているもう一つの理由は、労使関係の安定である。1970年代までの労働組合は、経営側と対立する場面をストライキという形で 社会に対して見せてきた。ストによる労働損失日数を見ると、1952年に第二次大戦後最高の1510万日を記録したあと、1970年代初めまでは200万 日から600万日の間で推移していた。その頃の日本企業にとって、ストライキによる操業停止は、決して特別なことではなかったと言える。労働組合がストラ イキを打つ姿を横目で見ていた未組織企業の経営者たちは、従業員の不満を吸い上げる手段として労使協議機関に注目し、率先して設置したと考えられる。

 しかし、労働損失日数は、第一次オイルショック後の1974年に966万日、1975年に801万日を記録したあとは減少の一途をたどり、1990年 14.5万日、2000年3.5万日と激減し、2008年にはわずか1.1万日になった。現在の日本社会では、ストライキは特殊な行為であり、経営者の頭 から「従業員の意見を聴きながら経営をしないとたいへんなことになるかもしれない」という意識が遠のいてしまった。それが、労組のない事業所における労使 協議機関の減少につながっていると考えるのは、無理のない推論であろう。
労使協議の重要性を再確認する

 労使協議は、日本の労使が多くの犠牲を払って作りあげてきたしくみである。その有効性は、2010年代になっても何ら変わるものではない。しかし、最 近、経営側に労使協議を軽視する傾向が見られる。労使協議は、経営者にとって、現場の生の声を聞ける数少ない機会であることを再確認しなければならない。

 経営者の中には、「自分は毎日のように現場をまわっているから、現場の状況はちゃんと把握している」と考えている人がいるかもしれない。しかし、社長が 現場を視察するとき、通常は事前に周到な準備がなされる。ふだんは飾られていない花が飾られ、いつもは雑然としている職場がにわかに整理整頓される。社長 が見ているのは、現場であって現場ではないのが実情だ。現場の本当の姿は、そこで働いている人たちに聞かないとわからない。経営層が労使協議会に意欲的に 出席することは、質の高い経営を実現するための必要条件である。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール