クロアチアから見たベルリンの壁崩壊(2)

2.クロアチアの独立
ユーゴ共産党の分裂

 旧ユーゴが分裂する直接のきっかけになったのは、1990年1月のユーゴ共産党の分裂である。その数年前から、ユーゴスラビアをどう運営していくかにつ いて、共和国間の対立が表面化していた。政治的経済的に危機的な状況だから中央集権化を進めていくべきだと主張するセルビアとモンテネグロに対して、スロ ベニアとクロアチアは、共和国の独立性をより高めて緩やかな国家連合としてユーゴスラビアを運営していくべきだという考え方を主張していた。


 1989年3月、セルビア共和国の憲法が改正され、自治州であったヴォイヴォディナとコソヴォの自治権を大幅に制限し、セルビア政府がコントロールでき るようになった。それ以前から、連邦予算をセルビアが勝手に流用したり、公的年金基金に属していた財産を処分してセルビア国内の住民に配布するという人気 取り政策をしたりといったことが起こっていたので、セルビア憲法の改正は共和国間の信頼関係に大きな亀裂を生んだ。

 そして迎えた第14回ユーゴ共産党臨時大会において、共和国間の溝が決定的になり、スロベニア共産党とクロアチア共産党の代表団が席を立って会議場から 姿を消した。1990年1月20日、ベルリンの壁崩壊からわずか2カ月後のことである。表面的には共和国の自立を認めながら、影で背骨のようにユーゴスラ ビアを一つにまとめてきたユーゴ共産党が分裂したことは、ユーゴの統一維持に暗い影を落とした。ベルリンの壁崩壊がなくても、ユーゴ共産党の分裂は避けら れなかっただろう。しかし、ベルリンの壁崩壊は、確実に分裂を早めたと言える。

初めての自由選挙

 1990年4月から5月にかけて、クロアチアで第二次大戦後初めての複数政党による自由選挙が行われた。この選挙で多数をとったのは、フラーニョ・ トゥージュマン1)率いるクロアチア民主同盟である。クロアチア人の国を作ることを掲げ、民族主義を前面に押し出して勝利した。トゥージュマンは、初代ク ロアチア大統領に選出された。

 1990年5月30日、選挙後に初めて招集されたクロアチア国会で、トゥージュマン大統領は新憲法草案を提示した。この草案は、クロアチア民族の独立を 強調するものだったため、クロアチア国内に住んでいたセルビア人の一部がクロアチアからの独立を画策し始めた。この動きを封じ込めるべく、クロアチア政府 は、セルビア人をはじめとした少数民族の権利保護を憲法の中に盛り込んだ。そして、90年12月22日に新憲法が成立した。

 ユーゴ共産党分裂後も、共和国間でユーゴスラビアの在り方について議論が闘わされていた。しかし、セルビアのやり方に不信感を持ったスロベニアとクロア チアは、1974年制定のユーゴ憲法の規定に則って、連邦からの独立手続に入った。スロベニアでは90年12月23日にレフェレンダムが実施され、独立賛 成票が94%を占めた。クロアチアでレフェレンダムが行われたのは91年5月である。セルビア人たちの多くが投票を拒否したこともあって、分離独立賛成が 94.2%に達した。そして、91年6月25日をもってユーゴから離脱することになった。しかし、紛争拡大を懸念したヨーロッパ共同体ECの要請を受け て、3カ月の猶予期間を置くことになった。

紛争の始まり

 1991年6月末から7月初めにかけて、ユーゴ人民軍がスロベニアの独立を阻止する動きに出たが、わずか10日間で終結し、主戦場はクロアチアに移って いった。クロアチアには、当時、人口の12%にあたる約60万人のセルビア人が住んでいた。その居住地域は、ボスニア・ヘルツェゴビナ国境付近とセルビア 国境付近に固まっていた。90年夏頃からセルビア人居住地域の分離独立の動きがあったが、91年春頃からその動きが先鋭化していった。

 91年10月5日、トゥージュマン大統領がクロアチア国民に対して、ユーゴ人民軍の支援を受けたセルビア人勢力の動きに徹底抗戦を呼びかける演説を行っ た。その2日後、ユーゴ人民軍の戦闘機が大統領府をミサイル攻撃するという事件が発生する。クロアチア政府の要人は難を逃れたが、この事件が決定的とな り、クロアチアはユーゴスラビアからの完全独立を宣言することになった。クロアチアの独立記念日は10月8日に設定されている。

(以下、下に続く)

(注)
1)日本のマスコミは「ツジマン」と表記してきたが、クロアチア語の読み方はトゥージュマンである。この小論では、現地の読み方により近い「トゥージュマン」と表記する。


1990年当時のユーゴスラビア社会主義連邦共和国

ユーゴ地図1990

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール