1.ESのないところにCSはない
ものが売れない時代になっている。所得低下と将来不安のために、人々はものを買おうとしない。一部の人気商品は売れるが、それ以外は鳴かず飛ばずの状態 である。消費が伸びないから、企業は設備投資に消極的である。内閣府が毎月発表している「月例経済報告」の最新版(2010年12月22日発表)を見る と、わが国の経済について弱気の基調判断をしている。
ものが売れないと多くの経営者が嘆く中で、着実に業績を伸ばしている企業がある。顧客のニーズを的確につかみ、顧客がほしがる財やサービスを提供してい るのだから、売れるのは当然である。このような企業を見て、業績不振の経営者は「顧客志向」を声高に叫び、従業員の尻をたたく。しかし、その効果はなかな か出ない。すると、「ウチの従業員はなっていない」と公然と言い放つ。これを聞いた従業員は、ますます萎縮し、本当に求められる財やサービスはいつまで たっても出てこない。
何かが間違っている。そう、順番が逆なのだ。顧客満足(Customers' satisfaction ;CS)を高めようと思えば、まず従業員満足(Employees' satisfaction ;ES)が高まっていなければならない。なぜか?
顧客が何を求めているかを察知するのは、第一線で顧客と接している従業員である。何気ない会話の中から、自社の製品やサービスに対する顧客の不満を見つ け出し、改善を加えていく。顧客の声がクレームとして上がってくれば問題点は見つけやすい。でも、クレーム対応だけでは、いい製品・サービスは生み出せな い。クレームになっていない顧客の声に耳を傾けられるかどうかが重要である。「察知」という言葉には、そのような意味が込められている。
このように言うと、従業員の能力が決定的であるかのように聞こえる。確かに、従業員の能力は大切だ。同じ話を聴いても、改善点に気づく従業員と気づかな い従業員がいるのは事実である。しかし、従業員がどんなに高い能力を持っていたとしても、その会社に「心をひらいて話をしよう」という雰囲気がなければ、 顧客はホンネを語ってくれない。
私たちは、言葉では表現しにくい微妙な違いを感じ取る能力を持っている。読者のみなさんもご経験があるのではないだろうか。ある空間に一歩足を踏み入れ たとき、「ああ、いい感じだな」と思ったり、逆に「ピリピリしていて居心地が悪いな」と思ったりする、あの感覚である。
上司が強圧的な部下指導をしているような会社には、少しでも早くその場を立ち去りたいと思わせるような空気が充満している。そのようなところにお客様が 来られたとき、そのお客様は自分の思いや感じていることを話してくださるだろうか。たぶん無理だろう。応対に出た従業員がどんなに丁寧に対応したとして も、マイナスの空気の中で働いている従業員が醸し出す雰囲気はどうしようもないのである。
他方、従業員間の連携が良くとれていて、従業員が仕事に対して前向きで、常に笑い声や議論の声が聞こえてくるような会社だと、まったく逆のことが起こ る。お客様は、その場にいることが心地よいので、ゆっくりと腰を落ち着けて話をしてくださる。すると、会話の中から、次のビジネスにつながるようなヒント をたくさんいただくことができるのである。
このように考えると、従業員満足のない会社に顧客満足はないことは自明だろう。しかし、多くの経営者は、この点に気づいていない。顧客満足を重視するあまり、従業員満足をないがしろにしている会社の何と多いことか。実に嘆かわしい限りである。
この小論では、従業員満足を高めるにはどうすればいいかを検討し、従業員満足を高めることが顧客満足を高めることになり、ひいては企業競争力の強化につ ながることを考える。そのために、次節で従業員満足を構成する要素を整理し、第3節でそれらの要素を高める方法を提案する。そして、最後に、ものが売れな い時代に本当の競争力を持つための処方箋を示してみたい。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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