私は、かねてから、「能力には賞味期限がある」と言ってきました。どんなに高い能力を持っていたとしても、需要がなくなれば値段は下がるし、場合によっては値段がつかなくなることがあると主張してきました。
その際に例に出すのが、和文タイピストです。1980年代の初めまで、和文タイプを操作して文書を清書するという仕事は、とても大切なものであり、一定の給料を保障されていました。
しかし、ワードプロセッサーが出て以降、和文タイプは急速に必要とされなくなり、和文タイプを操作する能力への需要も激減しました。そして、和文タイプを使って文書を清書する能力には値段がつかなくなってしまいました。
どんな能力も需要の変化にさらされています。今日はとても重宝されていたとしても、明日はどうなるかわかりません。だから、売れる能力は何かを予測しながら、自分自身の能力を高めていかなければならないと言ってきました。
では、どのような能力が「売れる能力」になるのでしょうか。残念ながら、それを正確に予測するのはとても難しいことです。常に現場第一線の動向を注視しながら、めざとくみつけていくしかありません。
ただ、どのような状況になっても必要とされる能力はあります。それは、問題を発見し、その原因を究明し、対策を立て、周囲の人々を説得して、問題解決に向かって人々の力を結集していく能力です。これは、人間が組織をつくって仕事をしていく限り、必ず必要です。しかも、この能力は、万人が等しく持つことができないという特徴があります。
まず、問題を発見する力です。何が原因かよくわからないけれど、なぜかうまくいかないという状況は、どんな組織にも必ずあります。そんなときに、問題点を鮮明にし、「これがわれわれを悩ませている問題だ」と明確に示す能力はとても重要です。
問題が明確になれば、その原因を探ることもできるようになりますし、解決策も自ずと見えてきます。もちろん、組織が置かれている状況によって取ることができる解決策には制限がかかりますが、一歩も二歩も前に進めることができます。
次に難しいのが、周囲の人々を説得し、納得してもらって、問題解決のために力を出してもらうことです。人間には感情があります。同じことを言われても、誰が言うかによって受け入れられるか否かが決まります。なかなか合理的に行動できないのが人間です。
そんなとき、「あの人がここまで言うのであれば、何とかしよう」とか「よくわからないけれど、あの人の言うことに従ってみよう」と思わせられるかどうかが重要になってきます。人間的な魅力と言われるものです。
問題を明確にする能力と人々の力を結集できる人間的魅力―これは、どんな状況になっても、必ず必要とされる能力です。でも、「この教科書を全部暗記すれば身につきますよ」というものではないので、獲得が難しい能力でもあります。
どうすればこの能力を磨くことができるのか―次回は、この点を考えてみたいと思います。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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