116 信頼できる人事制度構築のために

 1990年代半ば頃から、日本企業の人事制度がおかしくなっています。安定感をなくし、従業員が組織目標達成のために力を合わせる方向に機能していないように見えます。人事制度は、本来、従業員がいい仕事をするように仕向ける役割を持っています。どちらに進むか迷ったときの指針を提供する役割もあります。しかし、ここ20年近く、日本企業の人事制度は迷走を続けてきました。基本が定まらないのですから、従業員の仕事の指針にはなり得ません。人事制度に対する信頼感がなくなり、人事部の発言力も低下しました。

 

 私たちは、どこで間違ったのでしょうか。私は、1990年代の初めに「成果主義」を導入したことが間違いの始まりだったと考えています。当時の日本企業は、バブル崩壊後の不況の中で、売上の低迷と企業業績の悪化という症状を呈していました。これに対処するために「成果主義」が処方されたのですが、かえって症状を悪化させてしまいました。病気のときに原因を特定しないで対症療法をすると、もっと悪くなることがありますが、まさにそれが起こりました。

 

  「成果主義」という処方は、あまりにも正論だったため、「本当にうまくいくのだろうか」という疑問を持ったとしても、表だって反論できませんでした。よく働いて企業業績に貢献した人には給料やボーナスをたくさん払おう。そうでない人には残念ながら少なくしか払えない―そう言われれば、「確かにそうだ」としか言いようがありません。疑問を持った人たちは、成り行きを見守るしかありませんでした。そして、案の定、問題が出てきました。従業員の納得性が得られなかったのです。

 

  「成果主義」を導入して満足したのは、全社員の3分の1くらいでした。残りの3分の2の人たちは不満を持ちました。いい仕事をし、業績を上げていた上位3分の1の人たちは、それが認められ、報酬も増えましたから満足しました。それなりにいい仕事をしていた人たちは、「自分は上位3分の1に入っているはずだ」と思っていましたが、「あなたは平均ですよ」と言われ、報酬も増えなかったのでがっかりしてしまいました。期待が大きかっただけに、落胆も大きかったわけです。そして、下位3分の1の人たちは、「あなた方は平均以下です」と言われ、報酬も相対的に下がったために不満を持ちました。

 

 従業員の3分の2が不満を持つような制度が上手く機能するはずがありません。業績への貢献をどう測るか、測った結果を報酬にどう反映させるのかという点で百家争鳴、さまざまな意見が交錯し、混乱が起こりました。

 

 山に登って道に迷ったときの鉄則は「迷ったところまで引き返すこと」です。これを怠ると、迷いはますます大きくなり、遭難して命を落としてしまいます。日本企業の人事制度は、まさに道に迷った状態です。これを正常化し、人事制度が本来の役割を果たせるようにするには、迷った時点に戻って検討するしかありません。

 

 人事制度を1980年代までの制度に戻すべきだと主張するつもりはありません。その当時とは、社会の状態や経済環境が大きく異なります。「昔は良かった」という議論をしても得るものはありません。でも、現在の日本企業が抱えている問題の原因を正しく理解しなければ、解決の道も見えてきません。私たちはどこで間違えたのか、どういう処方が望ましいのか、これからの日本企業は従業員とどのような関係を結ぶ必要があるのかといった点について考えていく必要があります。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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