高年齢者雇用安定法の改正が議論されていた頃、経営側から次のような意見がしばしば聞かれた。「高齢者雇用の重要性はわかるが、高齢者を雇用し続けると若年層を雇えなくなる。若年層の就職が難しい中で、高齢者雇用を推進するのはいかがなものか…」日本経団連が実施した調査を見ても、「高齢者雇用に取り組むと若年層の雇用に悪影響が出る」と回答した企業は約4割だった。
高齢者の雇用と若年層の雇用は、本当に競合関係にあるのか―今回は、この点について考えてみたい。
研究結果は両方の可能性を示している
高齢者と若年者の競合関係については、多くの研究者が興味を落ち、研究対象としてきた。これまでに幾多の研究結果が発表されているが、それらを見ると、競合する場合もあるし競合しない場合もあるというのがいまのところの結論である。つまり、研究上の決着はついていないという状況だ。
両者の雇用が競合するのは、単純な要員管理をしている職場である。ある生産工程で10人働いていて、その中の一人が60歳の定年年齢に達したとする。その人が継続雇用されるとポストが空かないので新しい人は入ってこられない。この場合は、競合関係にあることになる。
他方、技術進歩があるような職場だと事情は異なる。例えば、20年前に製造された機械を使っているお客様がいらっしゃれば、その機械のメンテナンスをする要員が必要である。最近雇った若手にわざわざ古い技術を教えて、20年前の機械のメンテナンスをさせる企業はまずない。若手には、最新の技術を使った機械の開発・製造に従事してもらい、20年前の機械のお世話は高齢者に任せるのが普通だ。このような場合、両者は競合関係になく、むしろ補完関係にある。高齢者が持っている知識を若手に伝えるという効果も期待できる。若手の技術の幅を広げるには、古い技術を知っておくことも重要だからだ。
コンピュータのシステムエンジニア(SE)というと、最先端の技術を常に追い求めていなければならないというイメージがある。しかし、現在、50歳代のSEがとても重宝されている。それは、古い言語で書かれたプログラムがまだ動いているからである。銀行のホストコンピュータの中には、コボルという言語で書かれたプログラムが使われているものがある。若手のSEは、最新の言語を習得しているので、コボルのことはわからない。そこで、50歳代のSEがメンテナンスを担当することになる。現場を詳細に観察すると、いろいろな事実が見えてくる。
西ドイツの経験が参考になる
高齢者と若者の関係を見る上で、西ドイツが1980年代にとった政策が参考になる。1980年代の初め、西ドイツは若年層の高失業率に悩まされていた。そこで、考えられたのが、高齢者の引退を促進することによって企業内に空きポストをつくり、そこに若年層が入ることによって失業率を下げるという政策である。西ドイツ政府は、早期引退の仕組みをつくり、高齢層の引退を促した。
ヨーロッパの人たちは、条件さえ整えば一日でも早く年金生活に入りたいと思っている。西ドイツ政府の政策は、60歳代前半層に指示され、たくさんの人が返金生活に入っていった。この点では、西ドイツ政府の政策は成功だった。しかし、肝心の若年層の失業率はほとんど下がらなかった。一体、何が起こったのか。
高齢層は技能が高いので、彼らが引退すると会社の中で配置転換が起こり、入口の仕事に空きができる。入口の仕事は、給料が安く、決して楽な仕事ではない。そういった仕事を西ドイツの若者たちは敬遠した。そのため、若年層の失業率にほとんど変化はなかった。高齢者の引退によってできた空きポストに入っていったのは外国人労働者だった。
高齢者と若年者の競合関係に関する日本の議論をドイツの研究者に紹介すると、必ず上記の経験を話してくれる。「両者は競合関係にないから、安心して高齢者雇用の施策を展開するといい」という答えが返ってくる。
世代間の争いではなく雇用形態の差
高齢者と若年者が雇用の場を奪い合うというと、世代間の争いのように見える。しかし、観点を変えると、正社員雇用か有期雇用契約かの差であることがわかる。若年層を企業が採用しようとするとき、正社員として雇用することを前提として人物評価を行う。面接に来た若者を前にして、採用担当者は次のように考える。「この若者を雇っても大丈夫だろうか。場合によっては、40年間にわたってわが社で働くことになるのだが、そういう決断をするに値する人材だろうか。」生涯所得で3億円を支払うだけの価値があるかどうかを見極めようとするのだから、慎重になるのは当然だ。
他方、定年後の再雇用に入った高齢者は、1年契約の更新という形で採用される。これまでわが社で長く働いてくれた人だから、どんな人物かよくわかっている。賃金もそれほど高くないし、長くても5年で契約が終わる。採用する側としては気楽である。高齢者は有期雇用契約で若年者は正社員雇用という点に注目すれば、また違った見方ができるはずである。
若年層の雇用は別問題
筆者は、勤務先の法政大学で2007年度から4年間、キャリアセンター長を務めた。学生の就職活動のお世話をする最前線で、学生たちの実態を見てきた。その経験から言えるのは、若年層の就職が難しいのは、高齢者層が邪魔をしているというよりも若年層自身に原因があるという点である。
4年生の10月になって、内定がまったく取れていない学生がキャリアセンターに相談に来る。そういった学生と話をしていると、ほぼ例外なく「この人物を雇いたいと思う企業はないだろうな」と感じる。基本的な受け答えができないのである。自分の考えを尋ねても、ちゃんとした答えが返って来ない。「これからどうしたいのか」と聞いても、反応が薄い。のれんに腕押しという感じである。
このような学生をしっかり指導してこなかった教育機関としての責任は痛感するものの、コミュニケーション能力を短期間で高めるには限界がある。突き放すわけにはいかないので、キャリアセンターの職員が丁寧に応対し、指導して、何とか正社員としての就職先をみつけるようにしている。
若年層の雇用については、これまでとは違った対応策をとる必要があると考えている。ここ10数年間取り組まれてきたキャリア教育の延長線上で施策を充実させるのではなく、もっと雇用の実態に即した教育プログラムの開発である。高齢者も若年者も社会の中でそれぞれの役割を果たせるようにしていくために、これからも研究を続けたい。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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