ミドル・アップ・ダウンに注目する
世界的な経営学者である野中郁次郎氏は、1980年代終わりに、「日本企業の強さの秘密はミドル・アップ・ダウンにある」と主張した。それまでの組織運営に関する議論は、トップダウン型かボトムアップ型の二つの間で繰り広げられていたが、野中氏は、そこにミドル・アップ・ダウン型という新しい概念を付け加えた。
いまから振り返ると、1980年代は日本の時代だった。1970年代の二度のオイルショックを上手く切り抜けた日本は、アメリカや西ヨーロッパ諸国がスタグフレーション(インフレと失業の同時進行)に悩む中、ひとり快調に経済運営をしていた。「なぜ日本だけが好調なのか」という疑問に対する答えを求めて、諸外国から多くの研究者やコンサルタント、経営者が日本を訪れ、日本経済の強さの秘密を解き明かそうとした。
ある研究者グループは、通産省(当時)を中心とした政府の指導が的確に機能していることが秘密だと主張した。金融システムに注目したグループは、メインバンク制が適切な資金配分を実現していると結論づけた。
また、日本企業の組織運営に注目した一団もあった。「日本企業は、労使関係がとても安定していて、経営者と従業員の間で情報共有が良くできている。企業が一丸となって問題に対処できるために、外的なショックへの対応に強さを発揮した」と主張した。
野中氏が唱えたミドル・アップ・ダウンは、日本企業の組織運営の特徴に着目したものである。日本企業では、ミドル・マネジメント、すなわち部課長層がとてもしっかりしていて、組織の上下をしっかりつないでいた。部課長層は、トップマネジメントが何を考え、何に悩んでいるかを共有できる地位にあったし、一般従業員が現場第一線でどんな情報を得ているかを把握できる立場にあった。
トップがやりたいと思っていることを具体化して、現場を動かすのがミドルの役割である。しかし、トップのメッセージは、常に明確だとは限らない。トップからのメッセージが明快な形で出てこない場合、一般従業員は何にどう取り組めばいいのかがわからなくなり、力を合わせるのが難しくなる。そのようなとき、ミドルがトップの意を汲んでメッセージを明確化・具体化し、現場に伝えて、一般従業員の力を引き出すという役割を果たしていた。「実際に会社を動かしているのはオレたちだ」という自負が当時の部課長クラスにはあった。
リッカートは、組織の上下を結ぶ位置にいる管理職を「連結ピン」と表現したが、日本企業の部課長クラスは、自らが主体的に動き回って結合のしかたを変えたり、連結を強くしたりする連結ピン、言うなれば「縦横無尽に動き回る連結ピン」の役割を果たしていたと言える。
ミドル・アップ・ダウンの再構築が必要だ
しかし、好調を保った日本経済も、バブル景気の崩壊によって低迷期に入った。業績が伸びないとき、企業は守りに入る。売上が伸びない中で利益を出すには、コストを下げなければならない。多くの企業が、新たな投資に慎重な姿勢を取るようになった。ミドル層から斬新なアイデアが出てきたとしても、トップマネジメントはリスクを冒したくないと考え、慎重に検討させ、そのうちに時機を逃してしまうことが度重なるようになった。
他方、ミドル層が知恵と元気を出して企業を引っ張っていこうとしても、経営環境がそれを許さないという状況も発生した。ヨーロッパの世界戦略として始まったISOの仕組みが普及するにつれて、部や課の垣根が高くなり、縦横無尽に活躍するミドル層の手足を縛るようになった。さらにアメリカ発の内部統制がその傾向に拍車をかけている。
問題は、組織運営だけではない。2005年に始まった人口減少という環境変化も、日本企業に新たな対応を迫るようになった。国内市場がこれ以上伸びないのであれば、国際市場に果敢に打って出る必要がある。いまこそ他国の企業にはない日本企業の強み、ミドル・アップ・ダウンが力を発揮しなければならないのだが、ミドル層はこの20年の間に元気をなくしてしまい、企業を引っ張っていくだけの力を十分蓄えていないように見える。
ミドル・アップ・ダウンが機能しなくなると、日本企業の競争力も低下するのは自明の理だ。ミドル層が縦横無尽に活躍しなくなってから10数年が経過した。このままでいくと、本当に日本企業の強みが消えてしまう。でも、太い連結ピンとして活躍してきた人たちが企業内にまだ残っているいまなら、まだ間に合うはずだ。私たちは、ミドル層の強化を通して日本企業を元気にし、これからの国際競争で再び脚光を浴びる日本を取り戻す必要があると考える。2014年がそのような年になることを望んで止まない。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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