大学と企業の認識差は大きい
議論を始めてすぐに、企業が新卒の大学生に求めていることが大学生に必ずしも正確に伝わってい ないことが明らかになった。経済産業省が2009年に実施した調査によると、企業は、大学生に対して、 主体性やコミュニケーション能力、粘り強さをもっと身につけてほしいと思っているのに対して、大 学生たちは、語学力や業界に関する専門知識、簿記などの能力が欠けていると考えている。企業側の メンバーは、この差に愕然とした。また、企業が採用面接で発する質問の意図が大学生に正しく伝わっ ていないことも指摘された。
他方、大学がこの15年間取り組んできたキャリア教育の内実が企業側に伝わっていないことも明 らかになった。キャリア教育で取り組まれている内容を聞いた社会人ゼミのメンバーたちは、「なぜ、 そんなことまで大学でするのですか?」という素朴な疑問を投げかけた。企業側の要請に応えるため に大学はキャリア教育に取り組んできたはずだが、その内容が企業側に理解されていなかった。
議論の出発点となった6つの疑問
議論を進めていく中で、6つの疑問点が浮かび上がってきた。
(1)最近の新入社員の行動がおかしいのではないか
確かに、新入社員の中には素晴らしい能力を持ち、質の高い仕事をやり遂げている人たちがいる。 しかし、先輩社員が見ていて、「ちょっと待てよ。そこはそうじゃないでしょ。」と言いたくなるよう な場面が多々あることも事実である。何がどうおかしいのかを議論した。
(2)日本企業の採用や育成の方法が変化しており、それに当事者たちの認識がついてきていないの ではないか
日本企業は、新卒者の採用において、メンバーシップ型の雇用方式をとってきた。基本的に現在も それが主流だが、即戦力を求める傾向や現場のOJTがていねいに行われなくなっていることなどか ら、企業内の育成方法に課題が発生しているのはないかという疑問が出された。
(3)企業の採用選考が大学生の行動に影響しているのだが、企業側にその意識が不十分なのではないか
採用面接において、ボランティア活動が話題になると、ボランティア活動に興味がない学生までも がボランティア活動に参加する。学業よりも課外活動について質問されるという情報が流れると、学 業そっちのけで課外活動に励む。企業側が思っている以上に、採用担当者の一挙手一投足が大学生の 行動に影響しているのである。
(4)学生たちは「しなければならないこと」に真摯に取り組む意義がわかっていないのではないか
学生たちは、自分がしたいことは何かについて考え、面接で主張する。しかし、大学を卒業した時 点で「できること」は限られており、すぐに担当したいと思っている業務につけてもらえるとは限ら ない。企業の中にたくさん存在する「しなければならないこと」に取り組むことによって「できるこ と」を増やしていくと、「したいこと」につながっていくことを教えなければならない。
(5)社会に出て求められる能力の育成を行うのが大学教育であるはずなのに、その点が大学側に十 分理解され、実践されていないのではないか
高校までは、与えられた課題を速く正確にこなして正解に到達することが求められた。他方、社会に 出て必要とされるのは、問題を発見し、解決策を考え、周囲を巻き込んで問題解決のために力を結集 する能力である。正解がない問題に取り組むことは、それまでの12年間の学校教育で求められてきた こととは大きく異なるため、その習得は決して容易ではない。だからこそ4年という期間が設けられ ているのであり、この4年間をめいっぱい使って、もう一段上のレベルの能力を身につける必要がある。
(6)社会が求める人材とは何か
これは、疑問の(5)とも関係するが、一言で言えば、社会が求めているのは、「自分の頭で考え て決断し行動する人材」である。大学の正課教育と課外活動を通して、自ら課題をみつけて行動する 習慣を身につけ、企業に入ってからさらにそれが磨かれていく。日本社会を支える人材は、日々の切 磋琢磨によって形成されていくのである。
投稿者プロフィール

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法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール
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