評価の中心化傾向はアメリカ企業の主流

人事管理では、評価制度がすべての根幹をなしています。

評価には、2つの目的があります。一つは、企業内の希少資源を配分する基準となる評価です。

企業内の希少資源とは、賃金原資や役職、仕事などを指します。賃金は、みんながほしいと思うものですが、支払える金額に上限があるので、誰にどれだけ払うかを決める基準が必要です。また、企業内の「おもしろい仕事」にも限りがあるので、配分の基準が必要になります。

評価というと、私たちは配分基準の側面を強く意識しますが、実は、育成の側面も忘れてはいけません

人を育てるには、まずその人の現状を知らなければなりません。何ができるのか、何が足りないのかをわかった上で、育成目標を立てる必要があるからです。

 

育成の目標は高く掲げた方がいいですね。目標管理制度は、本来、育成のための制度でした。それを配分基準として使おうとしたところから制度の堕落が始まりました

 

さて、評価にはメリハリが必要だと言われます。メリハリとは、差を明確にすることです。育成のための評価においては、ちゃんとできたのかできなかったのかを明確に示した方が励みになります。

 

では、配分基準としての評価においても、差を明確にすることは必要でしょうか?誰が見てもはっきりと差がつくのであれば納得性があります。でも、通常の仕事で大きな差がつくことはあまりありません。「確かに彼は良くやっているな」というのはわかっても、他の人に比べて2割良くやっているとか3割良くやっているというのは決めがたいところです

 

人事部は、「差を明確に示すように」という指令を出しますが、現場サイドから言えば「そういわれても困る」というのが実態です

 

アメリカ企業の評価に関する議論を見ていると、「無理に差をつけるのはよくない」というのが主流になっています。無理に大きな差をつけようとすると従業員の感覚に合わなくなり、かえって志気を落とすことになる。評価の段階もABCの3ランクで十分であり、真ん中のBに90%が集まってもいいではないか―こんな議論がなされています

 

私たちは、「アメリカの会社は評価にメリハリをつけ、差を明確にしているのに対して、日本の会社はそこを曖昧にしている。だから日本は問題だ」という論調をイヤというほど聞かされてきました。でも、アメリカ企業で働く管理職たちも、部下をどう評価するかという点で私たちと同じ悩みを抱えているのです。

 

アメリカ企業の解決策は現実的であり単純です。「難しいのなら、無理に差をつけるのはやめよう。従業員のモチベーションを高めるには、年に1?2回の人事評価以外に、もっと有効な方法がある。日々の仕事の中で、上司は部下の仕事を評価している。いい仕事をしたときには褒め、失敗したときには問題点を一緒に考えて、次の成功につなげていく。評価は、部下にいい仕事をしてもらうための手段であって目的ではない。何が重要なのか、それを実行するにはどの方法が最適なのかをしっかり考えよう!」

 

制度は使うものであって使われるものではありません。評価において明確な差をつけることが、職場管理上の重荷になっているのならば、制度を変えればいいのです。日本企業は、現場実態を大切にして経営をしてきたはずです。もう一度、何のための評価制度かという原点に立ち返ってみる必要があると思います

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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