必要は外国語の母

 外国語ネタをもう一つご披露しましょう。

 

 ある都市銀行に勤める友人の話です。彼は、いまから15年ほど前、「ロンドン支店に配属」という辞令を受け取りました。寝耳に水の出来事です

 

 国際畑で仕事をしてきたわけではないし、自己申告で「国際業務をしたい」と書いたこともありませんでした。英会話は、まったくダメ。でも、業務命令です。しかたなく、ひとりロンドンに赴任しました。

 

 案の定、ロンドン支店の部下(イギリス人たち)が何を言っているのか、さっぱりわかりません。でも、管理職ですから、部下に指示を出す必要があります。

 

 毎晩、家に帰って、英作文の日々だったそうです。とりあえず次の日に指示しなければならないことを、和英辞典と英和辞典をひっくり返しながら、英文にして職場に持っていきました

 

 これを1カ月くらい続けると、英作文の必要がなくなりました。事前に準備しなくても、その場で指示できるようになったのです。

 

 彼は、こう話していました。「結局、銀行業で毎日使う単語なんて限られているんですよね。それを100くらい覚えてしまえば、仕事上で困ることはなくなりました。」

 

 彼は、必要に迫られて必死になって英語で意思を通じさせようとしたのです。その切実感が彼の英語力を向上させたのでした。

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 第二次大戦後の日本企業の海外進出は1960年代から始まります。まず、繊維産業が出ていきました。1970年代は電機メーカーが海外に工場を作りました。1980年代は自動車でした。1990年代以降は、それらの大企業に部品を納める会社が海外に出て行きました。

 

 海外進出が始まった当初、日本企業は大きな失敗を犯しました。海外事業所の駐在員を選ぶときに「英語ができる人材」を第一の基準としたのです。この人たちは、現地の従業員にバカにされました。確かに英語は話すけど、仕事ができなかったからです。何を質問してもその場では答えられず、日本本社にお伺いを立てていました。これでは、信頼されませんね

 

 この点に気づいた日本企業は、海外駐在員の人選において「仕事ができること」を第一に置くようになりました。仕事ができる人に外国語を教えるのは時間が短くて済むけれど、外国語のできる人に仕事を教えるのは時間と労力がかかりすぎるという理由でした。

 

 冒頭ご紹介した私の友人は、仕事ができる人材でした。その証拠に、最近、その銀行の取締役になりました。彼は、仕事ができたからこそ、ロンドン支店の駐在員に選ばれたのです。

 

 もちろん、仕事も外国語も両方できた方がいいに決まっています。でも、限られた時間をどう使うかという観点から言えば、まずは仕事ができるようになることが重要ですね。必要になれば、外国語の能力はちゃんとついてきますから…

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
詳細:藤村博之のプロフィール