情報の収集・整理・分析(その2)新聞の読み方

日経新聞を読む必要があるか?


 学生から「日経新聞を読む必要があるでしょうか?」と質問されることがある。私の回答は、「はい」であり「いいえ」である。日本経済新聞は、毎日の発行 部数300万部弱であり、読売、朝日、毎日に次いで4番目の発行部数を誇る全国紙である。ビジネスにたずさわる人たちの多くが日経新聞を読んでいる。一部 の分野では、日経新聞の記事が共通の話題としてしばしば取り上げられる。もし、そのような人たちとつきあわなければならないとしたら、読んでおいた方がい い。その意味では、冒頭の質問に対する答えは「はい」になる。


 では、なぜ「いいえ」という答えがあるのか。それは、日経新聞が提供している情報が常に良質とは言えないからである。ある企業に関する記事が掲載された とき、その企業の当事者に聞くと、不正確な情報だというのがほとんどである。不正確な情報をもとにして判断することは危険だ。だったら、そのような情報は 取り込まない方が得策である。その意味で、冒頭の質問に対する答えは「いいえ」になる。


新聞記事の危うさ


 新聞記者は、あるストーリーを持ってインタビューに行くようである。「今回の記事はこのようにまとめよう」という思惑があり、それを裏付ける情報を取り に行く。自分が設定したストーリーに反する情報は不採用とし、ストーリーに合った部分だけ採用する。インタビューを受けた人から見れば、まったく異なる文 脈で話した情報が別の意味で使われることになり、唖然とする。


 このような記事の書き方は、日経新聞だけではない。他の新聞でも日常的に起こっている。民主党の菅氏が数年前に中国を訪問したときのことである。同行し たA新聞の記者は、菅氏と中国要人との会談を記事にして本社に送った。紙面に載ったのは、その記者が書いたのとは逆の内容だった。同じグループで中国を訪 問した民主党の議員がその記者を詰問したところ、「この内容ではおもしろくないということで、本社のデスクが書き換えた」という答えだった。このような話 は、枚挙にいとまがない。こういう話を聞くと、何を信じたらいいのかわからなくなる。


客観的な報道は可能か?


 新聞に限らずメディアで働いている人たちは、客観的で公正な報道を心がけていると言う。しかし、そもそも客観的で公正な報道はあり得るのだろうか。真実 は一つしかないかもしれないが、事実は無数にあるからだ。例えば、ある事件が起こったとき、加害者と被害者それぞれに話を聞くと、まったく違ったことが語 られる。どちらかが嘘をついているのではなく、それぞれから見えた事実を話しているからである。


 どちらか一方からしか話を聞かなければ偏った報道になるのは当然だ。では、両者から話を聞いてそれを伝えれば客観的な報道になるかというとそうではな い。記者がインタビューしたとき、質問内容や答えのまとめ方にその記者の主観が入るからである。これはどうしようもない。誰かに読んでもらう文章を書くた めには、多くの情報を切り捨てなければならない。大切なのは、自分の主観が入った記事を書いている点を記者自身が自覚することである。「私はこの事象をこ ういう観点から整理して記事を書いている」というところまで明らかにすることが、最も誠実な記事の書き方である。しかし、現実の新聞記事はそのように書か れていない。とすると、読み手である私たちが記者の意図を嗅ぎ取り、書かれたことを修正しながら読まなければならない。なかなか高度な能力を要求される作 業である。


 では、どうすればそのような能力を身につけることができるだろうか。これが次回のテーマである。

投稿者プロフィール

藤村 博之
法政大学大学院 イノベーション・マネジメント研究科 教授
法政大学大学院 職業能力開発研究所 代表
NPO法人 人材育成ネットワーク推進機構 理事長
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